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早速移転してみた
本日、快晴。彼方此方で槌が振るわれる音やのみ、カンナで木材を削る音、それに混じって職人たちの声が聞こえる。
ここは玖涯村。後10年も経てば職人の聖地、技術の集積所と呼ばれるようになるが、今はまだ王都より20万エルー(2万キロメートルくらい)も離れた辺境の地。
その村の真ん中、広場に座って職人たちの仕事を熱く見つめる男がいた・・・。
彼の名は香 惺煉。齢27ほどだろうか、がっしりとした体躯に険のある眼差し、その動きには一分の隙すら見当たらない正に武人になるために生まれたような青年だった。
至極冷静に村中の人々の動きに気を配っているように見える惺煉の心の内は、今正に嵐の真っ只中だった。
(・・・遂に、ここまで漕ぎ着けた・・・っ!何度中央の頑固木っ端役人どもを×××して〇×して〇〇×〇×してやろうかと思ったか・・・!)
・・・なんとなく、お分かりだろうか。とりあえず先ほどの描写と見比べてわかるのはこの男が内心を表情に出さない術を心得ていることだ。
では、もう少し詳しく覗いてみよう。
(しっかし職人はやっぱいいな・・・妥協を許さず、権力に阿らず、厳しい徒弟制度の中で育まれる友情と尊敬・・・萌え萌えです、本当に萌え萌えです、大事なことなので何度も言います職人萌えぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!)
・・・今度こそ、この男の特異性をお分かりいただけたと思う。
惺煉は、そう、俗に言う前世の記憶を持って生まれた・・・転生トリッパーだったのだ。
しかも、前世では女だった。今でこそこんなおちゃらけた心の声を披露しているが過去何度も情緒不安定になり欝気味になり去勢を試みたこともある。しかしながら、痛みに弱くまだ現実感が薄い上柔らかく幼い体に本来宿るはずだった本当の惺煉のことまで思ってしまい、幾度も失敗して・・・そうして折り合いをつけた結果が今の惺煉だ。
そして、惺煉として折り合いをつけた彼・・・ないし彼女は、不幸中の幸いというべきか目標を作ることができた。
この世界の文明レベルは低い、というか、加工者(職人)への待遇が半端でなく悪い。
本当の本当に一握りの天才や媚を売るのがうまい者は生活していける。前者にいたっては妥協することも殆どない。
鑑みて、その他の職人は・・・というと、これはもう言葉では言えない酷さだ。
この世界には未だ大国というものがないためだろう。年がら年中戦争をしている上に男は戦で手柄を上げて一人前、貴族でもなければそれ以外は無駄飯ぐらいの家畜以下・・・といった有様。肝心の本人も職人“もどき”。己の仕事に打ち込んでいたら死ぬが故の妥協とお金とその他もろもろによってみんな日々生きるのだけでいっぱいいっぱい。
これは酷い、酷すぎる。職人萌えの惺煉は密かに泣いた。
その惺煉自身は、といえば・・・それなりの家に生まれ無駄に体格良くそこそこの運動神経もついてきた上、前世で普通に使っていた駆け引きに周りが面白いほど引っかかってくれるためかなりの武勲を挙げ、将軍位に叙されていた。世の中って世知辛い。
そこで、惺煉は考えた。考えに考えた。そして思った。
いないなら作ればいいじゃない!!
フランス最後の皇后が脳内で高らかに笑った。そう、権力なんて遊ばせているだけじゃなく使ってこそ意味がある。
そこで、現在惺煉がいる玖涯村ができることになったのだ。惺煉の貰いたてで無駄に余っている領地に職人と農民を呼び込み、そこで職業訓練と己の職への誇りを養わせる。職業に貴賎はない。ただし職人が誕生できる職業に限る。惺煉の好きな言葉(改変あり)だ。
まずやってきたのは農民だった。とりあえず土地の開墾を指示して家を与えてやる。最初に来た農民は今では10000エルー×10000エルー位の農地を持っている。頑張りすぎだと思わないこともない。
次にやってきたのは筋骨隆々な山賊の皆様だった。罠にかけて(というかむこうが勝手に狩猟用の罠にかかって)大工の仕事を教えてみたらなんと元大工(ただしこの世界の大工はお父さんの日曜大工に毛が生えたレベル)がいた。
そんな感じで、最初は半ば強引に、次第に人が自主的に集まり始め、それに比例して何だか玖涯村の人間からの惺煉への尊敬が高まったりしながら、現在に至る。
「惺煉さま、中央から早馬が」
「応、すぐ行く」
元妓女や流民も居つき、村の中の男女の数もほぼ揃ったことですっかり村の体裁を整えた玖涯村。
この村とともに、惺煉がどんな運命を辿るのか。それは未だ誰も知らない。