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屍山血河

「うっ…。」


 その凄惨たる光景は、吐き気を催すほどだった。


「なん…だこれは…?」


 一面が血に染まっている。あちらこちらに飛び散った肉片が、そこで起きたことを静かに語っていた。


「ごめん、ちょっと、ギブ。そこの草むらにいてる。」


 普段いつでも笑顔のエルメスですら、これである。


「Souくんが錯乱状態とは聞いていたが…。納得だな。」

「破裂したか潰されたかわかんないけど目の前でそれを見せられたらそりゃ発狂するわねぇ。」

「やめてくれそんな普通にその光景を語らないでくれ想像してしま…ぅぷ。ごめん、俺もギブ。」


 和紙も耐えられなかったようだ。


「結月、残念だが私たちしか今ここを捜索できる人間はいないぞ。」

「そういうエリカも顔が真っ青だよ?大丈夫?」

「…ここに大丈夫なのはお前しかいないよ。」


 結月はいつもそうだ。よく言えばメンタルが強いのだが、人一倍鈍感で無遠慮なところもある。

 だが、今は彼女がいてくれて良かったかもしれない。私も彼女のおかげでこの光景に対する危機感が麻痺しているようだ。


「それにしてもこれは誰の血かな?」


 結月は木に付いた肉片を取り、少し舐めた。


「…よくそんなことができるな。」

「まぁね。これはPoscordだねぇ。」

「お前がいてよかったよ、犬。」

「えっへへぇ。」


 私に犬と呼ばれたにも関わらず、喜ぶな結月。


「エリカはさ、この世界(RW)って何だと思う?」

「どうしたんだ?急に。」

「ゆずがなにも考えてないとでも思った?」


 結月が私の顔を覗き込む。その口は笑っていたが、目は鋭く私の心を見抜いていた。


「RWは、そうだな。」


 結月の顔から、笑みの欠片が消える。


「誰かの心、じゃないか。」

「へぇ、詩的なことを言うんだねぇ。」


 結月は笑顔に戻り、うんうんと頷いた。

 だが、およそ私の言ったことの意味を理解しているのだろう。


 だから私は、一ノ瀬結月が嫌いなんだ。


「それとね、いいこと教えてあげる。Poscordはここで潰されて死んだ。赤鮫は誘拐されてるねぇ。相手は相当な奴だけど、ゆずはそいつのこと知らないんだぁ。でも、RWの違和感は全部そいつのものだねぇ。」

「結月、答えろ。」


 私は躊躇なくマシンガンを結月に向けた。


「そんなものゆずに向けても意味ないよぉ?だって、エリカのそれ、豆鉄砲より弱いんだもん。」

「お前は、どこまで知っている?お前は何者だ?」


 結月の顔には変わらず薄い笑顔が張り付いている。だが、その足元に伸びる影は揺れていた。


「ゆづはね、あなたたちの敵じゃないよ。」

「ああ、そうだろうな。」

「ゆずはね、ただの復讐者なんだよぉ?」


 首を傾け、楽しそうに微笑む結月。


「…畜生、今こんなこと聞くべきじゃなかった。」

「あら、後悔してるの?」

「ああ、ああ、とっても後悔してるよ。どうせお前はこのマシンガンだって実は扱えんだろ。ああ、お前だけは信用できないけどお前だけは敵にしたくねぇよ!」

「あら、ありがと♡」


 マシンガンを握る手が震える。


 怖い。


 私の本能が危険信号を出している。


 だが、ここで逃げる意味もない。


 ただ彼女の敵にならなければ、私の命だけは助かる。


「別にあなたを取って食おうなんてわけじゃないんだから、武器を下ろしなさい?そんなに緊張しなくても、ほら、横に座って?お話ししましょう?」

「悪いが、私は血の上に座って服を汚したくない。」

「あら、まあいいわ。それに、お話の時間ももうお終いねぇ。」


 後ろからごそごそと葉を掻き分ける音がした。


「すまない、ダウンしてしまって。もうそっちは調べ終わったか?」

「ええ、拠点に戻りましょうねぇ。」


 結月の表情が、いつも通りに戻る。緊張が解れた私は、その場に崩れ落ちそうになるのを耐えることで精一杯だった。





「そちらはどうだ?」

「こっちもダメね。こんな時に通信ができなくなるなんて…。」


 ビルの路地裏に隠れながらコソコソと話す。

 光差す大通りでは警察官が慌ただしく動いていた。


「エトスの奴め…。面倒なことをしてくれたな。」


 無駄に彼奴のことを煽るべきでは無かったか。いや、元からこうする予定だっただろうな。


「いたぞっ!」


 犬の吠える声がする。嗚呼、厄介なことになったな。


「見つかったか。」

「行きますよ。私にお任せください。」


 チトセが俺を軽々と担ぎ上げ、走り出す。


「あ、おい、待て!」

「止まれ!」


 目の前には拳銃を構えた警察官が出てきた。


「舌を嚙まない様に。」

「もう慣れたさ…。」


 チトセは高く跳躍し、窓を突き破り廃ビルの二階に滑り込んだ。


「さて、どちらに逃げましょうか。」

「もう屋上飛び移りでも何でもやってくれて構わんよ…。」

「私もパルクールは得意じゃないんですがね。」


 そう言いつつ、チトセはそのままビルの屋上に向かう。


「それにしても、ここまでの警察の行動が早いですね。」

「およそ喫茶のあの話は時間稼ぎだったのかもな。先に通報されていたのだろう。」

「普通ならそんな通報当てにされないでしょうが、まあ、行方不明から数年経って発見された人間と行方不明のまま数年経過してる人間が一緒にいれば、そりゃ警察も動きますか。」


 金属製の扉を蹴り飛ばしつつ屋上に出た。


「南西方向はすでに屋上に待機されてますね。」

「西は警察署だから避けるように。」

「さすがに大通りを跨ぐことはできませんよ。」


 そういいつつ、チトセはそこそこ幅のある大通りを軽々と飛び越えた。


「ああ、現役の頃の私でもここまではできなかったよ…。」

「お褒めに与り光栄なんですが、下から警察に追われてますよ。」


 揺れる視界の端に、赤色灯の光を見つける。


「嗚呼、厄介だ。」

「正直、逃げ場がありませんよ。」

「俺だってこの周辺の地理には詳しくないさ…。」


 この様な状況下でも、俺の思考は気味が悪いほど明瞭だった。


「通信の切断は確実にエトスの仕業だ。そう考えると、RWの方も心配だな。死神の出現と同時に通信の混乱を起こすなんて、彼奴のやりそうな事だ。」

「ええ、RWのことも心配ですが今は私たちの現状を心配していただけますか?」

「悪いが俺はカーナビじゃないんだ。とりあえずそこら辺に都合の良い樹海があったらそこに逃げ込んでくれ。」

「良かったですね、1km先に丁度良さげな山がありますよ。とりあえず、ビルから降りますか。」


 突然の無重力感。

 チトセは上手く重力を横方向に分散させながら地面に着地した。


「これってネットニュースとかになってますよね?」

「俺に聞くな。」

「つれないですね。」


 厄介な奴らと関わってしまった、とは思っている。が、これも悪くないと思っている自分も又そこに居た。

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