望まれぬ邂逅
「少し、お手洗いに行ってきます。」
チトセが席を離れる。
俺はコーヒーを口に含んだ。
ふぅ、と一息つき、俺は後ろの人間に声をかけた。
「長い時を経て、ついに実現した復讐。さぞ美しく素晴らしいものであったようだな。」
後ろの席に座っていた人物が俺の目の前に席を移す。
「やはり貴様の目を誤魔化す事は出来ないようだな。流石だ。平和ボケしてその観察眼も劣ったと思ったがな。」
「お前こそ、一度死んででもわざわざ俺の前に、それもOWで、姿を見せるとはな。どういう魂胆なんだ?」
その人物—エトスはふっと笑った。
仲間だったはずのその顔は、私の知らぬもののように感じた。
「君のことだ。勘付いているのだろう?」
「先に言わせてもらう。俺はこの件から手を引くつもりはない。我々の問題を後輩たちに押し付けることは出来ないからな。」
「はっ。君は何時になっても英雄気取りだな。」
「そうであれば今頃、初めて君と会った時のように君の胸倉を掴み上げている。」
「物騒な所は変わっていない様だな。」
エトスがティーカップを机に置く。
「…彼女が戻って来る前に話を済ませた方が良いんじゃないか?」
「気が利くね。でも、君が決断する事が最優先だ。」
俺は手元のコーヒーに映る自分の顔を見下ろす。すっかり伸び切った髭にふと寂しさを感じた。
「君も承知の通りだ。俺はこの件から手を引くつもりはない。」
「強情だね。君は既にRWに干渉する力を持ち合わせて居ないのに。」
「君が俺にこうやって粘着することが全ての回答であるのに?」
エトスの鋭い眼光に、寒気が走る。
これを恐怖と呼ぶのか―そんな変な思考をする自分に呆れた。
「お前の孫に挨拶は?」
「必要無い。何れ会う事に成るだろう。」
「なるほど、君も相手を侮らなくなったんだ。」
紅茶に砂糖を入れるエトスの姿は俺の知る彼より老けて見えた。
「パトスは。」
紅茶に砂糖を入れる手が、一瞬だけ止まる。
空気が、凍ったようだった。
「彼女はどうなっt」
「そう言えば、君は何故あの時気付いた?」
「あの時?どの時だ。」
「私が花を手向けた時だ。君は何故あの花言葉を知っていた?」
「ならば俺からはこう質問させてもらう。『君は何故彼女の死を予見していた?』」
エトスの動きが鈍る。視線は宙を彷徨い、砂糖の浮かんだ紅茶はすっかり冷めきっている。
俺はほんの少し残った、冷えたコーヒーを飲み干し、彼に向き直った。
舌に苦みがまとわりついたまま。
「俺はあの前日、突然OWに出かけた君を追った。驚いたよ、わざわざRWの時間経過をOWに同期させていたとはね。どうやったのかな?」
エトスが席を立つ。
「逃げるのかい。」
「之を戦略的撤退と言うんだ。」
歪んだ笑顔を浮かべた老人はふらふらと店を出ていった。
「お待たせして済まないね。」
「彼を追いかけなくてもいいんですか?」
柱の陰からチトセが現れる。
「問題ない。だがこちらの行動も早めたほうが良いかもしれない。少し、刺激しすぎてしまったかな。」
「ええ。とりあえず私たちもここを離れましょう。ちょうど隠れるのに適した場所を見つけました。」
「ありがとう。行こうか。」
二つの伝票を手に取る。俺の指先は冷えていた。
「—つまりこのエネルギーは…」
「長い長い。おしまい。」
「まだまだ、ここからが本題だよ。」
楽し気なPhyscさんと興味なさげなカレンさん。この対比を見ていると思わず笑いそうになる。
「まったく、これだから若いもんは…嬢ちゃん、えぇと、蒼ちゃんだったかな、代わりに俺の講義を受けてくれないか?」
「え…私…?」
唐突に話を振られて、思わず変な声が出た。
フードの縁を握りつつ、Physcさんの顔を覗くように見る。
「そうだ!ちょうどいい、講義じゃなくて実験をして確かめよう!蒼ちゃんはバフが扱えるんだよね?ここにサーモグラフィカメラがあるから一旦蒼ちゃん自身にバフをかけてもらって、エネルギー増加による熱量の増加を観察しよう!」
「フツーにキモイんだけど…。そもそもなんでサーモグラフィカメラがポンと出てくるのよ…。」
「あ、…私で良ければ、やりま、す…。」
「まじか。」
「まじか。」
Physcさんとカレンさんが同じ事を言って同時に顔を見合わせる。
「なんであんたも驚いてんのよ。」
「いや、冗談半分で言ったつもりが…。」
「レディにそんな冗談言ったらだめでしょ。」
二人の仲は、悪そうに見えて実はいいのかも。
私はその光景を見て、思わずふふっと笑った。
「それじゃ、さっそく実験をしようか。」
「冗談じゃないのかよ?」
「やれることはやる!それが俺の流儀さ!」
「キモイ。」
「うっ…。」
私は今、幸せです。
こんな、想像もしなかった楽しさの中で過ごせているのですから。
—こんな平穏が、いつまでも続きますように。
「矢鮫 凛、早乙女 想。以上の二名が今回の事件に関与した人物とみられます。具体的な内容は資料の通りで…」
「矢鮫 凛。15歳。T高校の学生。6月初旬に行方不明。大規模な捜索も、彼女の家の最寄り駅の防犯カメラに姿が映ったのが最後。君の担当だったね。詳しく話を聞いても?」
「はい。彼女が幼い頃、母親も失踪しています。この事件との関連は見出されず、また、彼女の母親も行方不明のままです。」
「そして矢鮫凛の幼馴染が早乙女想、と。ふうん。」
「ええ、彼の祖父は8月中旬に老衰で亡くなっています。第一発見者は早乙女想。彼はその後行方不明となっていました。しかし、T高校の始業式前日、彼は自宅に帰宅したようです。」
「始業式当日、彼は高校に登校せず。同時に、未確認生命体—AFT#2—が出現。また、早乙女想の母親、早乙女京子が自宅で自殺しているのもこの日に発見されている、か…。」
顔に深く皺を刻んだ女が、眼鏡を机に置いた。
「…。」
「警視はどう思われますか。」
女が紙を机の上に置く。
指先でとんとんと机をリズミカルに叩く音が部屋に響く。
「思うことは何もない。…でも、この事件が奇妙なのは否定できない。ただでさえあんな空想的なものを現実で見せつけられたというのに。」
部屋の空気が軋むのに呼応するように、風が窓を揺らす。
見れば警視の手も震えていた。
「まだ、この事件…未確認生命体の件に関与しているのが早乙女想と矢鮫凛とは限らないわ。ただ、早乙女家の動向が異常なのは否定できない。この点についての調査を進めて頂戴。それと、同時に矢鮫家の失踪事件についてももう少し調査を進める必要がある。今ここはAFT#2の調査で忙しいから、この件はあなたたちに一任する。進展があったら都度報告するように。それと、勝手な行動はしないように。間違えても、防犯カメラのデータベースに無断でアクセスしたりしないように、ね?」
警視が圧を感じる笑顔を添えて俺たちにそう告げた。
「「はっ!」」
「それにしても、警部補も肝が据わってますよねー…。」
若い男が腕を抱えるそぶりをしながら言う。
「私なんて警部補の後ろで立ってることしかできなかったっすよ。」
「こんなもんでビビってたら、君、いつまでたっても昇進できないぞ。」
「いや、警部補の行動自体、普通なら懲戒免職でもマシなくらいの重罪ですよ…。」
「否定はできん。」
「『間違えても、防犯カメラのデータベースに無断でアクセスしたりしないように、ね?』ですよ?ひぇぇ。」
若い男が、先ほどの女の口調を真似て大げさに怖がって見せた。
「それよりも、さっさと調査を進めるぞ。」
「もー、無視しないでくださいよ。一応、私は警部補に警告してるんですからね?!」
「ああ。ありがとう。助かる。」
「そんな真面目に返事しないでくださいよ…。怖いですよ、顔が。」
束の間の笑いが、俺たちの緊張を和らげたようだった。
告知です。
「赤い鮫と蒼い鯱」第一話から第五話についてリライトを行います。
具体的には基本的には内容の変更は行わず、読みやすさ向上のため文法面の見直しなどを行います。
ご了承願います。




