情報戦線
「ねぇ、どういうことなの…?、ねぇ、想、どういうことなの…。」
無機質なコンクリートの部屋と、見慣れた顔に囲まれ、僕は顔を上げられずにいた。
「…全部、その通りです。ただ、僕は人殺しはしていません。ただ…逃げただけで。」
「あの時、君はOWに戻った。何のために戻ったのよ?」
「それ以上言わないでくれ。僕だって嫌だったんだ。」
『Sou君の行動には確かに否定できない点がある。遺体を発見したとき、警察に通報したとしてSou君がしばらく行方不明になっていたことでアリバイが作れない。おそらく、Sou君が殺害して自殺に偽装した、とかにされて捕まっていただろう。それに、先ほどの戦闘でも君たちの正体を特定されるだろう。そうなれば逃げることはできない。つまるところ、Sou君はしばらくOWから出ないほうが良い。今出ると、警察が血眼で君を探しているだろう。』
「僕は、怖いんです…。」
あの時…暗い部屋と天井からぶら下がった骸を見た時、僕は恐怖を感じなかった。
「僕はすでに、人の死に慣れてしまっている…。段々、人ではない化け物になっている気がして、それが怖いんです…。」
「想…。」
『人はいつか、別れを知るものよ。今は少し、感覚がマヒしてしまっているだけ。あなたがあなたを信じていられる限り、あなたはあなたのままよ。』
『ああ。今はまだたくさんやることもある。涙は、すべてが終わってからに取っておくものだ。』
『ええ。話を変えるわね。ここからの行動についての話よ。まず、きっと警察はロゴスさんも探し始める。私はOWに残ってロゴスさんの護衛をするわ。ロゴスさんがRWに入れない以上、潜伏しながらあなたたちと連絡を取る必要があるからね。そちらでの戦闘指揮はアヤセに一任するわ。OWでまた死神が現れた時の想定もよろしくね。それとPhyscさん、RWのシステムだったりエネルギーだったりの特定作業をカレンと協力して、よろしくね。』
「「了解です!」」
『君たちに話しそびれた、俺の見解を伝えておこう。まず、おそらくOWでの死神の出現範囲は絞られると考えている。これは、恐らく、OWでのRWとのゲートは特定の地域に密集している可能性が高いからだ。その場にいる全員のゲート駅を確認して、範囲を特定してくれ。それと、管理人室はRWの中の異質な場所にある可能性が高い。』
「心当たりがある。」
『では、その場所の特定をSou君とともにお願いします、Poscordさん。』
「了解。」
『では、各自行動に移ってくれ。こちらは、そろそろ警察が近くに集まってきているようだから念のため移動する。』
「はい、お二方もご無事で。」
『ええ、こちらこそ。またみんな揃って会えるように。』
「それにしても、こんなことになるとはねぇ。」
Poscordさんが呟く。
「君たちは…あのロゴスという人をどう思うか?」
「ロゴスさんは…なんというか、捉えどころがないというか、不思議な人だなとは思います。」
「俺は、あの人は何か裏がありそうな気がするんだよな。さっきの行動にしても、適応能力が高いのか、勘が鋭いのか。」
「彼は…何かを恐れてる。」
「…?」
「彼は、何を恐れてるのか、分からない。エトス、パトスを恐れているのか、RWを恐れているのか、私たちを恐れているのか。」
「恐れ、か…。」
「なるほどねぇ。」
ロゴス。今も生きているとは思っていなかった。ある種の伝説の人物と言えるであろう人物。
「彼は…何者なのでしょうかね?」
凛が僕の腕をぎゅっと握る。
「それでも、彼は私たちに協力的。心配はないよ。」
「ああ、そうだな。今のところは、俺たちが心配するところではないな。」
Poscordさんが笑う。
「さて、着いた。」
そこは、周囲の灰色世界とは大きく異なり、鬱蒼とした森があった。
「やっぱりここか…。」
「おぉ、Sou君も知っていたか。そうだ、俺の100年に及ぶRW探索の中で、ここだけビルなどではない。異質な場所はここしか思いつかない。」
「しかし、僕もこの森の中の小屋で数日過ごしましたけど、特にサーバーに繋がりそうな扉などはありませんでしたよ?」
「うーん、どうだろうか。」
待てよ、思い出せ。あの時、僕は本当に小屋で何も見ていなかったのか?あの崖の部屋で見つけた日記には何が書かれていた?
「字が薄くて読めない紙束と…キーボード?」
「?どうしたの?」
凛が不思議そうな顔をして僕の表情を窺う。
「管理人室はあの小屋と繋がってる…!!」
「何かよくわからないけど、確証を得たようだね。そうと決まれば、さっそく捜索をしよう。」
小屋は僕がいた時と何も変わっていなかった。散らばった古新聞を広げ、鍵を取り出す。そして前回同様、崖の隠し扉を開いた。
「ちょっと待ってください、つまりどういうことですか?!」
「つまりどうもこうもない。すぐにこれを上に報告しよう。」
「私が理解できてないんですけど!」
「さっき説明しただろう…。」
男は溜息をつき、目の縁を親指でなぞった。
「あの少女はおそらく、長らく行方不明になっていた女子高生で間違いない。名前は、矢鮫 凛。あの失踪事件は俺が担当だったから間違いないだろう。そしてもう一人、別で目撃されていた若い男というのがその同級生の早乙女 想である可能性が高い。そしてその早乙女の母親が自宅で自殺しているのが先程見つかった。さらにその祖父は数日前に老衰で亡くなっている。その救急への通報は早乙女想本人からだったようだ。」
「なんか…その早乙女想ってやつ、怪しくないですか?」
「ああ。そうだな、報告の前に早乙女の最近の動向を探ろう。母親は自宅で自殺していたが、家族である早乙女からの通報はなかった。ただの高校生が数日家に帰っていないことも不自然だ。彼は確実に何かを知っている。すぐにここ最近の早乙女宅周辺の防犯カメラを確認しろ。俺は高校のほうに連絡を取る。」
「は、はい!」
若い男のほうが急いで部屋を出ていった。
「早乙女、想…。」
以前男が彼に事情聴取をしたことを思い出す。彼はどうも行方不明になった矢鮫凛と関係が深かったようだ。彼女が行方不明になって以降彼は不登校になっていたようだった。会った時も目に生気がなく少し驚いた。なんと言えば良いのだろうか、彼は他者との関係に執着しないタイプだと思っていた。それだけ彼女との関係は深かったのだろう。
どちらにせよ、この状況は自身が経験した中で最も奇妙であるとも男は感じた。
「こいつぁ、世に類を見ないような大事件になるぞ…。」
男は手元のエナジードリンクを一気に飲み干し、PCに向き直った。




