論理
明かりの消えた家。静かな住宅街に、鍵の開く音が響く。
「ただいま。」
そう呟き、靴を脱ぐ。
玄関に並んだ2足の靴。そしてサンダル。
クローゼットには帽子がいくつか掛かっている。
真っ暗な廊下を進み、リビングに入る。
「…。」
数秒それを見て、そっと目を逸らした。
冷蔵庫を漁り、適当な冷凍食品をチンする。
久々の食事は、味のしないものだった。
カーテンの隙間から光が差す。鳥の鳴き声が聞こえる。朝が来てしまった。
朝食を食べるきも起きず、ベッドの上で目を閉じて過ごす。
消えない気怠さや体の重さ。
目覚ましが鳴る。時間は8時。
憂鬱な気持ちのまま、制服に着替えて荷物を纏める。
ほんの少しの電池残量の、電源の入っていないスマホをカバンに放り込む。
「サヨナラ、お母さん。」
玄関ドアはいつも通り重く開く。鍵はかけずに家を離れた。
行き交う人の顔は暗い。空は暗雲が立ち込め、薄い影が道に落ちる。普段と同じような、少し違うような、奇妙な静けさを感じることはいつもと違うかもしれない。
奇妙さ。
「…気持ち悪いな。」
久々のOWだからだろうか。それとも…。縁起もないことは考えないようにしよう。
肩からずり落ちた鞄を肩に掛けなおす。帽子を深く被り直す。
足音が一定のリズムで響く。…響く?
「…?」
突然、わーん、わーん、と音が響く。耳元で叫んでいるような、周囲に響いているような。形容できないその音は、非常に気持ち悪い。周囲を見ても特にこの音に反応している人はいないようだ。
「ーー!!!」
突然、人の悲鳴が聞こえた。その直後、後ろの小路から車が飛んできた車がビルと衝突し派手に壊れる。
町が突然の事態に混乱に陥る。
「これは…。」
獣の叫び声。遠吠え。
それを聞いた瞬間、僕は鞄を投げ出し叫び声の聞こえたほうに走り出す。
運動不足のこの体じゃまともに走れない…はずだ。体が軽い。
小路に入ると、見覚えのあるやつがいた。
「くっそ、もう始めやがったのかよ…!!」
突然視界が切り替わる。見れば服装も視界もRWと同じになっていた。
狼が人を襲おうとする。咄嗟に白兎を引き抜き、バフを掛ける。
「え…。」
狼の牙はギリギリ獲物に届かず、体は二つに分離した。その場にポリゴンが散る。
「っ…!」
襲われた人は一瞬安堵の表情を浮かべたが、僕を見るなり表情を歪め逃げた。
手を見れば、刀。そりゃそうか、武器を持っている人なんて見ることがないから。
インカムで通信を接続する。
「こちらSou。応答願います。」
『Souさん!どないしたん?』
アヤセさんの声がインカムを通して聞こえる。
「やっぱり繋がった…。簡単に状況を説明します。現在、OWに “死神” が出没しました。規模は不明、一体は撃破しました。装備などはRWの物を使えています。」
『OWに死神?!ちょっとまって。』
『Souくん?現状を理解したわ。すぐにこちらで対策を講じる。そちらは周囲の把握と死神の殲滅に集中して。どの地方か教えてもらってもいい?』
「〇〇地方T市です。」
『了解。すぐに対応する。』
『Sou!絶対生きて帰ってくるんやで。』
「もちろんです。」
町の混乱は収まらない。あちこちから煙が昇り始めている。思ったより事態は深刻なようだ。
ビルの上に登り、周囲を見渡す。どうにも、マップは使えなさそうだ。
ビルからビルへと飛び移る。突然ひと際大きな遠吠えが聞こえた。足元。
「属性付与。[秘技:泡裂]」
ビルから飛び降りると同時に、斬撃を放つ。
鋭い叫びと光の束。
逃げ惑う人々。町中に響くサイレンの音。咆哮。
「キリがねぇ。」
小さな狼を地面に串刺しにしながら呟く。
『Souくん、死神の出没はどうも君のいる地域だけのようだ。現在、自衛隊と警察が出動しているようだが。』
「自衛隊?危険すぎる…。」
『ええ。今、赤鮫さんもそちらに向かってるわ。』
「了解。」
『Souさん!新たな出没情報!×市西区周辺!』
「!!」
そこは、じいちゃんの家の近く…!
「なんでだよっ…!」
『ど、どうしたの?』
「想!君はそっちに向かって!」
突然頭上から声が聞こえる。
「分かってる。その場所は、あそこでしょ。ここは任せて。」
「ああ。ごめん、頼んだ。」
「急いで!」
ビルの上に登り、最高速で街を駆ける。速く、もっと速く。
駅前の混乱は酷かった。どうも駅構内に出没したようだ。駅から人が雪崩れるように出てくる。中には怪我をしているような人もいる。
正面からの侵入はおおよそ不可能なので、屋上から業務用通路を使い構内に侵入する。
ホームに出るとひとはほとんどおらず、狼がうろついている。あちこちに血だまりができ、人体の一部が転がっていたりする。
そんな吐き気を覚えるような中、僕はいつもRWに入るときに使う改札へと向かう。そこには、壁に向かって呆然と立ち尽くす一人の男性がいた。
狼たちはまるでその男性に気づいていないかのように線路やホームを闊歩している
「ロゴスさん…ですね。」
その男性はぎょっとして僕を見つめた。
「君は…誰だ…?」
「僕は…。」
迷った。
「次の管理人です。」
「次の…か。どこまで知っている?」
「あなたこそ、どこまで勘付いているのでしょうか?」
「なるほどな。本当みたいだ。…現実っていうものは恐ろしいものだね、少年。」
「ええ。僕もそう思います。」
「生憎、俺に戦闘能力はないのでね。君に任せてもいいかい?」
「ええ。とくとご覧ください。」
振り返る。大きな狼が二体。じりじりと近づいてくる。
白兎に光が映る。
「[秘技:鋭水]」
静かな地下空間に弾ける水の音が反響する。
狼の悲鳴が溶け消えゆく。
「これは…。」
「これが、僕の持つ力です。」
「ようやくここまで来たんだな…。」
「これについて何か知っているのですか。」
「詳しい話は、どこかおしゃれなカフェでにしよう。」
「そうですね。ちなみに残りの敵は…。」
「問題ない。この周囲にはいない。行こうか、30分くらい歩けば俺の行きつけの店がある。」




