アーティファクト
『こちら弦雷。A5ポイント付近の敵について殲滅完了。作戦行動を終了します。』
『お疲れ様です。これにて運営の把握している敵は殲滅完了です。』
「了解。皆さん、お疲れさまでした。まだ敵が潜んでいる可能性はあります。警戒しつつ各自の拠点に撤収してください。戦略家および各派閥リーダーはこの後広場に集合していただけると幸いです。ではこれにて。」
黒い空。空気は重い。
「ありがとう、アヤセ。あなたのおかげで無事に殲滅できたわ。」
「いや。被害は甚大や。油断してた、もっと慎重にやらんとあかんかった。うちの責任や。」
「そんなことはないわ。相手は未知の生物。あなたは良くやってくれたわ。」
「でもこのままじゃ埒が明かない。なんとかして相手の弱点を押さえなきゃ。」
「ええ、そうね…。」
刀身にこびり付いた血。光を跳ね返すことなく、ただ黒くそこにある。
隣で眠る凛を見る。目は腫れ、髪は絡まっている。
壁に立てかけられた大剣も、刃は毀れ痛々しい。
「…ごめん、凛。」
「…正直に言うと、私の派閥内ではこの現状に対する不安や憤りの声が上がっていて収拾がつかなくなっています。」
「こちらもだ。」
「私のチームでは一人がPTSDの状態です。ただ、彼はOWに身寄りがないためここから離れることは厳しいです。」
「相手が未知である上に犠牲者がでてしまったこの現状は想定と大きく異なるものでした。できる限り早く、RWの安全を確保しなければなりません。みなさん、どうかご協力を…」
「残念だが、我々時計屋はノルンから脱退させてもらう。」
「え…。」
「これはすでに我々時計屋内で決定した事項だ。変更はできない。」
「でも…。」
「第三分隊の仲間を失ったのだ。時計屋内でも多くの者が大きなショックを受けている。これ以上彼らに負担をかけるマネは、できない。」
「…。」
「この脱退で、我々をRWから追放するならば、してもらって構わない。こちらも現在撤収の準備をしている。」
「輝石も、みんなと話し合った結果、あんな敵と戦って戦力にはなれないと判断しました。…ノルンを、脱退させてもらいます。」
「我々ポンプも右に同じくして、脱退させてもらう。すまない。」
「みな…さん…。」
広場に、静かな足音が響く。そしてそれはビルの合間に消えていった。
「あー…。えっと、弦雷はまだ決まってないから今のところはノルンに加入したままです…。」
「ごめんなさい、色々とご迷惑をおかけしてしまい…。」
「いえいえいえいえ、そんな謝らないでください!」
弦雷のリーダー、Poscordさんが空を見上げる。
「第一、誰もこんな事態を予測することはできませんよ。あなたが糾弾されるべきじゃない。」
「そうであれば嬉しいのですが…。」
静けさ。回らない思考。深い海を漂うかのような感覚に襲われる。
そういえば、今は何時だろうか。
それがふと浮かび、ぼやけた視界の中に時計を捉える。
8月23日18時42分
「そろそろ、OWに戻ります。」
掠れた声でそう呟いた。
「わかったわ。こちらも、色々と対策なり検討してみるわ。あと、赤鮫さんも私が面倒を見ておくから。…でも、できるだけ早く帰ってきてね。」
「はい。お願いします。」
視界が真っ黒になる。
すぐに改札が見え…ない。
「これは…。」
気付けば僕は真っ白な世界にいた。
音がする。色んな音がする。動物の鳴き声、鳥のさえずる声、波の押し寄せる音。
花が咲き、木の葉は風に揺られる。
音だけが耳元に響く。
『Welcome, WARDEN. 』
無機質な声が聞こえる。
それと同時にすべての音が消えた。
代わりに、空間いっぱいに文字が浮かび上がる。
「これは…プログラミングコード?」
何が書かれているのかはわからないが、それは間違いなくプログラミングコードだった。
「ということは…ここがサーバー…?」
浮かぶ文字の一つに触れようとして、手を止める。
「僕はこの内容がわからない。つまり、これを迂闊に変えてしまうと最悪の場合悲劇を引き起こすことになる…?」
よし、やめておこう。それよりも考えるべきは、なぜ今になって僕がサーバーに辿り着けたのか、だ。
といっても、何もトリガーとなるようなことは思いつかない。強いて言えば、死者が出たことや死神を倒したことくらいか。
だがしかし、それらの理由でサーバーに辿り着けるようになるとは到底思えない。
「何がトリガーなんだ…?」
辺りを見回しても、真っ白な世界に文字が浮かび上がっているだけ。ここにその答えを求めるのは無理があるかもしれない。
「それにしても、こんな音もない、真っ白な空間にずっといたら気が狂ってしまいそうだな。」
そろそろここを離れるか。そう思った瞬間。
「やぁ、マスター。」
「!!」
咄嗟に白兎を引き抜く。
「さすがは我がマスター、反応が早いね。」
「お前っ…!!」
そこにあるのはペンギンのような形のもの。
「お待ちしておりましたよ、マスター。」
「お前が僕のことをマスターなどと呼ぶ資格はない。」
「ひどいですね。確かに私の発言に問題はあったのかもしれませんが、それほどまでにあなたを激昂させるような発言をしたつもりは一切ありませんよ。」
「僕に何の用だ。」
「雑談くらいさせてくださいよ。」
「生憎、僕が君との対話に割ける時間なんてものはないから。」
「まぁ、いいでしょう。私は “開拓神” からの伝言をマスターにお伝えするためにここに来ました。」
「開拓神?残念ながら僕はそんなやつ知らないな。それに僕は自らを神と名乗るようなやつと知り合いにはなりたくないな。」
「じきにその正体を知ることになりますよ。伝言を読み上げます。 “革命を起こせ。世界を解き明かせ。” 」
「ご立派な伝言だな。残念だけど僕は革命だとか世界を解き明かすだとか、そんなことに興味はないのでね。」
「じきにその意味を知ることになりますよ、マスター。」
「どうでもいい。…それよりも、僕をここに呼び込んだのはお前か?」
「さぁ、どうでしょう。」
「機械のくせにとぼけるのがお上手で。さっきも言ったけど、僕が君に構っている時間はないんだ。」
「冷たいですね。まぁ、いいでしょう。私のすべきことは果たしました。」
「そうか。じゃあさっさと失せろ。」
「失礼させていただきます。また後ほど…ふふふ…。」
「機械のくせに気色悪い…。」
”あれ” が去ったのを確認する。周囲の風景は何一つとして変わらない。
ここにいても無駄か。
「…ログアウト。」
一気に真っ黒な世界に落ちる。
気付けばいつもの改札だ。
「お疲れ様でした。進捗はどうでしょうか。」
「わからないことばかりですね…。先程、ログアウトしようとしたら真っ白な世界に飛ばされたんですが特にそんな話を聞いたことはないですよね?」
「真っ白な世界…は、聞いたことが無いですね。」
「ですよね。」
「あっ、でも関係あるかはわからないですがログアウトに関して一度だけ奇妙な話があるんです。お聞きになりますか?」
「ぜひ、聞かせてください。」
「今はRWに来なくなったある人が、ログアウトするときにいつもより時間がかかったそうなんです。2分程度、と言っていましたかね。その間、ずっと自然の音が聞こえていたそうです。」
「自然の音?」
「ええ。鳥のさえずり、川のせせらぎ、動物の鳴き声、そよ風の音。それらは音であり、概念である。我々はそれを認識できるが、それに触れることはできない。そうおっしゃっていました。」
「その人はその後は?」
「その人には何の問題もなかったのですが、RWでシステムエラーが頻発するようになりました。すぐに収まりましたが。」
嫌な胸騒ぎがする。
「どうかされましたか?」
「いや、なんでもないです。ありがとうございます。」
「それでは、お気をつけて行ってらっしゃいませ。」
外は既に赤く染まり、街に人工の光が溢れ始める。
行き交う人の表情は喜び、安堵、憂鬱、疲弊、焦り、様々だ。
そして僕もその雑踏に紛れ込む。
僕の今の表情は、何だろうか。




