混乱
「Croudと時計屋第三分隊との連絡は?」
「…未だつきません。」
「スペード…。」
「凛…。」
シェルターの空気は重い。あちらこちらから泣く声が聞こえる。通信からは怒声が。そしてシェルターの壁を貫通する狼の遠吠え。
『まだ、彼らが死んだとは限らない。通信の不具合かもしれないし、インカムの故障とかかもしれない。今すべきことは、どうやってここを生き延びるかだ。』
「ああ、分かっている。」
『こちら運営、現在敵の様子を観察しているが移動する様子はありません。しばらくその場に留まってください。』
「了解。運営のみなさんも、お気をつけて。」
『了解。』
「カレン、そちらは進展はある?」
『ない。あまりにも情報が少ないし、相手の持つ可能性が未知数すぎる。』
「…分かったわ。少しずつでいい、解析を継続して。」
『ごめんなさい、私たちの予測が甘かった。こんな事態になってしまって。』
「戦略家のみなさんもとても頑張ってくれたわ。これでも被害が最小だと思ってもいい。ありがとう。まだ休めないけど、よろしくね。」
『もちろんです。』
ウィンドウを開く。前と変わらないステータス。何も変わらない。
落ちていく。落ちていく。
あの景色が何度も瞼の裏で反芻する。悲鳴が頭に響く。
『なんでだよっ!!!なんで俺たちはこんなことのために命かけなきゃいけねぇんだよ!』
『嘘だよな…?これは夢の話なんだよな?』
『こんなおままごとなんてやってられないわよ!RWなんてでていってやる!』
インカムを外し、床にたたきつける。
凛がビクッと体を震わせ、チトセさんが振り返る。
「Sou君…。」
「なにがおままごとだ…。僕らの努力はおままごとだって言うのかよ…。」
「…。」
「ふざけるな…。ふざけるな…!!」
白兎を引き抜く。白くまっすぐな光を放つその刀身を床に突き刺し、立ち上がる。
「Sou!何をするつもり?」
「全部、全部片づけてくる。」
「危ないわよ!やめなさい!」
「危ない?僕らずっと危ないこの世界で生きてきてんじゃん。これきしだよ。」
「…想、置いてかないで。」
「僕は行くよ。」
「想が行くなら、私も行く。一人にしないで。」
「…いいのか?」
「うん。」
大剣が床と擦れる音がシェルターに響く。
「…やらなきゃ。私が、やらなきゃ。全部、全部終わらせる。苦しみを、終わらせる。」
「二人とも、待ちなさい!あなたたちの勝手な行動で被害を増やす気?!」
「冗談じゃない!負ける気なんて更々ない。いつかはやらなきゃいけない。それを今するだけだ。」
「行こう。」
「ああ、凛、行こう。」
「待ちなさい!!」
シェルターの扉を開け、素早く外に出る。先ほどよりも狼の声がはっきりと聞こえる。
凛が剣の柄を強く握る。
暗い地下通路を抜け、地上に出る。
「さぁ、来い。」
ほんの一瞬の間に狼に囲まれる。凛が赤く光る剣を高く掲げる。白兎が青に染まってゆく。
ビルは崩れ落ち、あちこちから火の手が上がる。地面は炎と血で赤黒く染まり、空は真っ黒に映る。
「大丈夫か、凛。」
残った狼を地面に突き刺す。
「大丈夫。」
赤い剣が数頭の狼を纏めて斬り飛ばす。
「Croudさんを、探そう。」
「…うん。」
あのビルを目指す。足取りは重く、荒い呼吸が宙に残っていく。
「怖いんだ、私。もう、何も失いたくないんだ。」
「大丈夫、僕はここにいる。僕が守る。」
「私は、何も守れないんだよ。何も守ろうとしないんだよ。なのに、失いたくないんだ。」
「君一人で抱えれるものじゃないさ。」
「私は、なんの努力もしようとしないんだ。なのに、努力をしないと得られないのに、何かを得ようとか思ってる。」
「凛は努力してるさ。ただ、自分自身を認めてあげれないだけ。今は考えなくていい。僕はここにいる。」
「もう、逃げれないんだ…私…。」
「逃げてもいい、逃げなくてもいい。」
「うん…。」
炎が見えなくなる。辺りは薄暗く、無機質にビルが立ち並ぶ。
「ここか。」
裏路地を抜ける。ビルの合間に大通りが見える。その灰色の片隅に赤が見えた。
「やっぱりか…っ!!!」
来るべきじゃなかったのかもしれない。
「っうぅ…!」
「これは…酷い…。」
周囲一帯に肉片が飛び散り、黒く固まった血がビルの壁にまでべっとりと付いている。
人の形をしていたものは砕け、狼に食い漁られていた。もはやそれが人だったとは信じられない。
「想、ごめん…。」
凛が路地裏に駆け込む。吐瀉の音がかすかに聞こえる。僕も胃が気持ち悪くなる。
「…凛、帰ろう。」
「…うん。」
「貴方たち…!!!」
「分かってます。」
「…。」
「…今回のことは見逃しますが、これ以上の勝手な行動は慎むように。みんなピリピリしてるの。あなたもノルンのトップよ。おままごとじゃない、ならしっかりして。」
「…はい。」
「それと、その様子だと…。」
首を横に振る。
「…そう。分かったわ。今はゆっくり休んで。とりあえず医療部に行きなさい。」
「…はい。」
シェルターを出る。外は未だ暗く、重い。漂う血の匂いをかき分けるように、歩みを進める。
「ねぇ、想…。」
「どうした?」
「想はさ、どうして生きてるの?」
「…。」
空を見上げる。そこにあるのは真っ黒な空だけで、答えはない。
「私さ、もうわからないんだ。現実が嫌で、ここに逃げ込んできたのに、ここも結局は楽園じゃなく地獄だった。私にできることなんてない。私に居場所もない。」
「僕の…生きる意味…。わからない…。」
「そう…。」
「でも、一つ言えるなら。」
「?」
「死ぬのが、漠然と怖いから、かな。」
笑おうとしても、乾いた声しか出てこなかった。
「…私も、怖い。」
狼が消え去り、静けさに包まれた廃墟の都市。
「…ねぇ、想。」
「どうした?」
やつれた顔。荒い息。絡まった髪が緩やかに揺れる。
「こんな不幸から、二人でどこかに逃げない?」
「どこに逃げるのさ。」
「わからない。誰も知らない、私たちも知らない、どこか遠くに。死んじゃってもいい、苦しみのない世界に。」
「…この世界に苦しみのない場所なんてないさ。」
「私は、想が居るだけでいい。」
「僕は、ここにいる。」
「…うん。」
この世界に希望なんてないのかもしれない。それでも、僕にはやることがある。やらなきゃいけないことが、僕にしかできないことがある。
「生きることしか残されていないんだよ、僕らには。」




