表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/39

混乱

「Croudと時計屋第三分隊との連絡は?」

「…未だつきません。」

「スペード…。」

「凛…。」


 シェルターの空気は重い。あちらこちらから泣く声が聞こえる。通信からは怒声が。そしてシェルターの壁を貫通する狼の遠吠え。


『まだ、彼らが死んだとは限らない。通信の不具合かもしれないし、インカムの故障とかかもしれない。今すべきことは、どうやってここを生き延びるかだ。』

「ああ、分かっている。」

『こちら運営、現在敵の様子を観察しているが移動する様子はありません。しばらくその場に留まってください。』

「了解。運営のみなさんも、お気をつけて。」

『了解。』

「カレン、そちらは進展はある?」

『ない。あまりにも情報が少ないし、相手の持つ可能性が未知数すぎる。』

「…分かったわ。少しずつでいい、解析を継続して。」

『ごめんなさい、私たちの予測が甘かった。こんな事態になってしまって。』

「戦略家のみなさんもとても頑張ってくれたわ。これでも被害が最小だと思ってもいい。ありがとう。まだ休めないけど、よろしくね。」

『もちろんです。』


 ウィンドウを開く。前と変わらないステータス。何も変わらない。

 落ちていく。落ちていく。

 あの景色が何度も瞼の裏で反芻する。悲鳴が頭に響く。


『なんでだよっ!!!なんで俺たちはこんなことのために命かけなきゃいけねぇんだよ!』

『嘘だよな…?これは夢の話なんだよな?』

『こんなおままごとなんてやってられないわよ!RWなんてでていってやる!』


 インカムを外し、床にたたきつける。

 凛がビクッと体を震わせ、チトセさんが振り返る。


「Sou君…。」

「なにがおままごとだ…。僕らの努力はおままごとだって言うのかよ…。」

「…。」

「ふざけるな…。ふざけるな…!!」


 白兎を引き抜く。白くまっすぐな光を放つその刀身を床に突き刺し、立ち上がる。


「Sou!何をするつもり?」

「全部、全部片づけてくる。」

「危ないわよ!やめなさい!」

「危ない?僕らずっと危ないこの世界で生きてきてんじゃん。これきしだよ。」

「…想、置いてかないで。」

「僕は行くよ。」

「想が行くなら、私も行く。一人にしないで。」

「…いいのか?」

「うん。」


 大剣が床と擦れる音がシェルターに響く。


「…やらなきゃ。私が、やらなきゃ。全部、全部終わらせる。苦しみを、終わらせる。」

「二人とも、待ちなさい!あなたたちの勝手な行動で被害を増やす気?!」

「冗談じゃない!負ける気なんて更々ない。いつかはやらなきゃいけない。それを今するだけだ。」

「行こう。」

「ああ、凛、行こう。」

「待ちなさい!!」


 シェルターの扉を開け、素早く外に出る。先ほどよりも狼の声がはっきりと聞こえる。

 凛が剣の柄を強く握る。

 暗い地下通路を抜け、地上に出る。


「さぁ、来い。」


 ほんの一瞬の間に狼に囲まれる。凛が赤く光る剣を高く掲げる。白兎が青に染まってゆく。




 ビルは崩れ落ち、あちこちから火の手が上がる。地面は炎と血で赤黒く染まり、空は真っ黒に映る。


「大丈夫か、凛。」


 残った狼を地面に突き刺す。


「大丈夫。」


 赤い剣が数頭の狼を纏めて斬り飛ばす。


「Croudさんを、探そう。」

「…うん。」


 あのビルを目指す。足取りは重く、荒い呼吸が宙に残っていく。


「怖いんだ、私。もう、何も失いたくないんだ。」

「大丈夫、僕はここにいる。僕が守る。」

「私は、何も守れないんだよ。何も守ろうとしないんだよ。なのに、失いたくないんだ。」

「君一人で抱えれるものじゃないさ。」

「私は、なんの努力もしようとしないんだ。なのに、努力をしないと得られないのに、何かを得ようとか思ってる。」

「凛は努力してるさ。ただ、自分自身を認めてあげれないだけ。今は考えなくていい。僕はここにいる。」

「もう、逃げれないんだ…私…。」

「逃げてもいい、逃げなくてもいい。」

「うん…。」


 炎が見えなくなる。辺りは薄暗く、無機質にビルが立ち並ぶ。


「ここか。」


 裏路地を抜ける。ビルの合間に大通りが見える。その灰色の片隅に赤が見えた。


「やっぱりか…っ!!!」


 来るべきじゃなかったのかもしれない。


「っうぅ…!」

「これは…酷い…。」


 周囲一帯に肉片が飛び散り、黒く固まった血がビルの壁にまでべっとりと付いている。

 人の形をしていたものは砕け、狼に食い漁られていた。もはやそれが人だったとは信じられない。


「想、ごめん…。」


 凛が路地裏に駆け込む。吐瀉の音がかすかに聞こえる。僕も胃が気持ち悪くなる。


「…凛、帰ろう。」

「…うん。」




「貴方たち…!!!」

「分かってます。」

「…。」

「…今回のことは見逃しますが、これ以上の勝手な行動は慎むように。みんなピリピリしてるの。あなたもノルンのトップよ。おままごとじゃない、ならしっかりして。」

「…はい。」

「それと、その様子だと…。」


 首を横に振る。


「…そう。分かったわ。今はゆっくり休んで。とりあえず医療部に行きなさい。」

「…はい。」


 シェルターを出る。外は未だ暗く、重い。漂う血の匂いをかき分けるように、歩みを進める。


「ねぇ、想…。」

「どうした?」

「想はさ、どうして生きてるの?」

「…。」


 空を見上げる。そこにあるのは真っ黒な空だけで、答えはない。


「私さ、もうわからないんだ。現実が嫌で、ここに逃げ込んできたのに、ここも結局は楽園じゃなく地獄だった。私にできることなんてない。私に居場所もない。」

「僕の…生きる意味…。わからない…。」

「そう…。」

「でも、一つ言えるなら。」

「?」

「死ぬのが、漠然と怖いから、かな。」


 笑おうとしても、乾いた声しか出てこなかった。


「…私も、怖い。」


 狼が消え去り、静けさに包まれた廃墟の都市。


「…ねぇ、想。」

「どうした?」


 やつれた顔。荒い息。絡まった髪が緩やかに揺れる。


「こんな不幸から、二人でどこかに逃げない?」

「どこに逃げるのさ。」

「わからない。誰も知らない、私たちも知らない、どこか遠くに。死んじゃってもいい、苦しみのない世界に。」

「…この世界に苦しみのない場所なんてないさ。」

「私は、想が居るだけでいい。」

「僕は、ここにいる。」

「…うん。」


 この世界に希望なんてないのかもしれない。それでも、僕にはやることがある。やらなきゃいけないことが、僕にしかできないことがある。


「生きることしか残されていないんだよ、僕らには。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ