鎌は既に首元に
「スキル・加速」
ウィンドウを開くと、通常スキルと同時に魔力も少し減っている。
「秘技:鋭水」
部屋中に水の矢が飛び交う。
「やっぱり魔力が減ってる…。」
とすると、魔力は何か特殊なものを扱うときに消費されるのか…?カレンさんの考察から考える。
身体能力を強化するバフについて、身体は同一かつエネルギー(=スタミナ)を消費していることはほぼ確実だから強化された分より多くのエネルギーが必要になる。それを魔力を消費して補っているということは十分考えられるだろう。
秘技について、あれは水を扱っている。だがしかし、その水の出処はわからない。これを魔力を消費し生成していると仮定するとどうだろうか。これも十分考えられるだろう。
つまり、この二点についてはカレンさんの考察は間違えているとは言えないだろう。
ちなみにこの瞬間にもいくつか新たな疑問が生まれている。そのうちの一つは、秘技を使ったにもかかわらずこの部屋に傷一つ付いていないのだ。最初にビルの中で使った時は、破壊には程遠いもののあちこちに穴や欠けができていた。それなのに、この部屋は穴一つ空いていない。思えば、主催チームも最初の方に秘技が効いていなかったことがあったな…。
「秘技が効かない理由、か。これも研究しないといけないな。」
とはいえど、魔力に関してカレンさんの考察で一気に進展があったな。OWに戻る前に進展があっただけでも喜ばしいことだろう。
地面に寝転び、天井を見上げる。視界がグレーに埋め尽くされる。
「OWに戻るのは23日の18時にしようか。となると…。」
今のOW時間はたしか…22日の20時くらいか。残り55日程度。
「つい最近まで半年分くらい残ってた気がしたんだけどなぁ。やっぱりここにいると時間の感覚が変わってくるな。」
ふと腰に差した白兎を抜き、刀身を眺める。片方は折れてしまったので打さんに預けている。残った一本も思ったより刃毀れが酷い。その刀身に映る、ヒビが入り薄く曇った自分を見ながら僕は瞼を閉じた。
「いやさ、訓練室の冷たい床の上で寝る人って普通居る?」
「いやー…、それだけ僕が頑張って特訓してるってことじゃないかな…?は、ははは…。」
「はははじゃないでしょ…。まあいいや。」
「凛は、どうしたのさ?」
「…聞きたいことがあって。」
「?」
「想は、またOWに戻るんだよね?」
「うん。まだRWの問題は山積みだからまたRWに戻ってくるけど、しばらくは向こうにいることになるかな。」
「そうなんだ、ね…。ううん、ごめん、なんでもない。」
「?あ、ああ。」
しばらく沈黙が続いた。
「そんなに長く向こうに居るつもりもないし、大丈夫だよ。もしなにかあったら、気兼ねなく電話して。すぐ戻ってくるよ。」
凛は驚いた顔をした後、少し照れた様子で「ありがとう」と言った。
OW時間8月23日4時58分
『緊急!死神と思われる移動物体を発見。R12ポイント付近です。本物の狼の群れを見ているようだ…。』
『了解。Croudは自身の安全を第一にそのまま状況報告を。戦闘員は直ちに現場に向かい、待機ポイントにて敵の観察を。カレン、情報の収集と整理を行いアヤセに回して。戦闘指揮はアヤセに、その他戦略家はアヤセのサポートに。各員、行動開始。』
新たな死神の出現、か。今回は研究もしつつ撃破することが目標。これでようやく謎の解明に一歩近づける、気を張っていこう。
「想!」
「ああ、凛。準備はいい?」
「ばっちり。今回の相手は狼の群れってことだから集団、それもかなりの数だろうね。ここはえっと、鋭水、だっけ?あれを使うといいかもね。」
「ああ。前回同様、時間稼ぎは頼んだ。」
「君のことを守り抜くよ。急ごう。」
そういって凛は速度を上げる。僕もスキルを掛け、ポイントへ急いだ。
「Sou、赤鮫、R7にて待機中。指示を求む。」
『2名はその場で待機。その他戦闘員はR5にて待機。非戦闘員はE4にて指揮拠点を設置し、戦闘に対応せよ。』
『Croudより。敵に動きあり、R8方面に向け地上を移動中。Sou、赤鮫含む戦闘員は警戒し、敵の接近が予測される場合はすぐに後退し指示を待つよう願います。敵は死神で間違いなし、小型の狼の見た目。数は100を超えると見られます。移動速度は速め、目標地点がR8の場合あと3分程度で到着すると見られます。私も念の為R7ポイント屋上に退避し、報告を継続します。』
『了解。カレン、情報の方はどう?』
『今纏めてるから待って。敵の行動パターンを計測、予測中。』
『アヤセです。現時点での作戦は赤鮫とSouにより群れの殲滅、残った敵をタンクが防ぎ狙撃手が無力化してください。ただし、敵の戦闘能力などはいまだ未知数です。この作戦が成功する確率は8.3%。味方全員の生還が第一目標です。少しでも無理があれば全員即時撤退してください。』
『了解。』
『十六夜、弦雷、時計屋の戦闘員、R5に揃いました。』
『医療班、E4に医療テント設営完了!準備オーケーです。』
『指揮班もE4にて待機中。』
『敵の予測データ、指揮班に送信した。確認して。』
『了解。確認します。』
『Croudより、敵軍はR8に到達しR7に接近中。指揮班、指揮の用意は?』
『こちら指揮班、現在データの解析中。Sou、赤鮫は一時R5に後退し待機。その他戦闘員はポンプと輝石はR1、時計屋と十六夜はR2、弦雷はR3に順次後退。運営はどうなっていますか?』
『現在敵の痕跡を辿り敵拠点の捜索をしています。こちらは独自に行動するため問題ありません。戦力の不足がありましたらすぐに呼び出してください。応援に向かいます。』
『了解。』
「想、行くよ。」
「あ、ああ。」
半ば凛に引きずられるようにR5へと移動する。上を見上げればCroudと呼ばれた偵察員の姿が見えた。
『こちらポンプ、輝石とともにR1に後退完了。待機します。』
『こちらCroud、敵の様子がおかしい。』
『Croudさん、すぐに撤退して!各員、身の安全を第一に、危険を察知した場合はすぐに撤退してください!』
『Croud撤退します!』
「何が起きてるの…?」
急に混乱し始めた回線に、僕と凛は戸惑いを隠せずにいた。
その時。
「咆…哮…?」
「凛、大丈夫?」
「怒ってる…?悲しみ…?違う、これは…、何?」
「どうし…!!」
その時、僕の耳にも聞こえた。狼の遠吠え、それも何十も何百も。それは増幅し、共鳴し、空気を震わせている。
『なにこれ…?』
『みなさん、撤退してください!なんだか、嫌な予感がします!』
『まずい、みんなにげろっ…うわぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああ…』
「…!!」
無線からCroudさんの悲鳴が聞こえた瞬間、僕はビルから人が落ちるのを目撃した。
「あ、あ、…。」
「想、危ない!」
真後ろで金属の擦れる音がした。咄嗟に前に転がり、白兎を手に取る。
「凛!!」
凛が後ろに転がった直後、そこには歯をむき出しにした狼がいた。
『くらうどさぁぁあぁぁぁぁぁん!!!』
無線から悲痛な声が聞こえる。
『全員拠点に撤退してください。Croudさんからの情報を元に敵の行動パターンの再検討を行います。』
気づけば、僕達は狼に包囲されていた。
「振り切れる?」
「もちろん。私の運動能力、舐めないでよ。」
「オーケー。」
飛翔と加速を自分に掛ける。それと同時に凛が大剣を振り上げ地面を蹴り、一気にビルの上まで飛び上がった。
「グルル…ッ!」
狼たちが僕に噛みつこうとした瞬間僕も地面を強く蹴り上げ、ビルの上まで飛び上がる。
「!!!」
ビルの上にも狼がいた。その狼が僕に体当たりを仕掛けてくる。
「想!!」
「[秘技:鋭水]」
水の矢が周囲を飛び交う。あちらこちらから狼の甲高く鋭い声が聞こえる。
「逃げるよっ!!」
「うん。」
走りながらマイクを入れる。
「こちらSou、赤鮫。敵に包囲され、やむなく戦闘しました。現在包囲を脱し、撤退中です。」
『了解。警戒を怠らずすぐに帰投してください。』
『こちらアヤセです。敵の行動パターンなどで現在重要なものはありますか?』
「敵は死角から襲ってきます。」
「…見えない敵。」
「見えない敵?」
「敵、100どころじゃない。もっといる。」
「それってどういう…?」
「私達と同じだよ。改札に入る前、私達は ”存在している” のに “認識されない” 。気づいたときには、その牙は私達の首元にある。」
『まじか…。』
『各員、できるだけ早く近くのシェルターに退避してください!!生きて、生き延びてください!!』
『Croud、Croud、応答せよ!クッソ、もうリスポーンしてるだろっ!!』
『Croudさん!!すぐに応答してください!』
『まずい、こちら時計屋第三戦闘分隊!敵に捕捉された。我々が囮になる間に全員退避を!』
『全員今すぐ退避して!!もしかしたら、リスポーンできなくなってるかもしれない。』
『ちょっと待って、それってどういうこと?!』
『…負けたら、本当に死ぬかもしれない。』
『…!!!』
「うそ…。」
凛が立ち止まる。
「凛!!立ち止まるな!!」
「Spade!!嫌だ!!Spade!!逃げて!!!」
『赤鮫、生き残れ。生きて、皆を守れ!!これは分隊長から君への命令だ。』
「スペード!!」
『時計屋第三分隊、応答願う!!君たちもすぐに退避するんだ!!』
『俺達がここに立つ限り、仲間たちにはその毛一本すら触れさせねぇよ!!』
『これが本物の遠吠えか。Spade隊長のお叱りのほうがよっぽど迫力があって怖いぜ!』
「Spade!!!メタ!!!紫呉!!!だめ、戻って!!」
「凛!!もう迫ってきてる!!…ダメか。」
凛を両手で抱え、ビルを飛び越える。
「お前らは身軽だなぁ!!」
狼に悪態をつきながら少しずつ狼との距離を離していく。
「みん…な…。スペード…。っうぅ…。」
第三分隊との通信は途切れた。通信に残っているのは罵声、悲鳴。
「なんだってこんなことに…っ!!」
重い足を引き摺るかのように僕は只ひたすら走った。




