希望
考えてみれば、当たり前だ。死神は人に死を齎す者。死を操るものだ。
そんな奴に、死を操られる者である人間が勝てるわけがない。
息は荒い。力は出ない。左肩からは大量の血が溢れ出ている。痛い。
左腕は…あいつの腹の中、か。
「くそ、が…。」
あの時、僕は秘技を繰り出そうとした。
だが、あの足はとてつもなく速く、重い一撃を繰り出した。
何度も何度も、蹴られ、踏まれた。
何度も何度も、あの咆哮を聞いた。
何度も何度も、ビルの瓦礫に埋もれた。
何度も何度も、気を失いかけた。
そして、その口に何度も咥えられた。
何度もひっかきの攻撃を喰らった。
痛い。怖い。痛い。怖い。
痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い痛い怖い
あいつは、悪魔だ。死神だ。何度も何度も痛めつけて、楽しんでいる。苦しみを、味わっている。
これまでどれほどの人が餌食となったのだろうか。
これは、リスポーンしたくない。この感覚を、二度と味わいたくない。二度と思い出したくもない。
あの鋭い目。あの行動。
「あれが…本物の恐怖。本物の、殺意、なのか…。」
その場に吐く。胃酸と血しか出てこない。
これまで自分が感じてきた恐怖や殺意は、今となってはおままごとの道具かのように感じる。
立ち上がろうとして視界が傾く。駄目だ、立てない。
遠くに見えるトランシーバーから何か聞こえる。
折れた白兎が眼の前に刺さっている。
そして、見るのも嫌な黒い、気味の悪い大きな狼が居る。
「何をやったんだ…お前は…。」
辺りのビルは崩れ落ち、あちこちで炎が揺らめいている。
地面が揺れる。
あいつが、近づいてくる。
「あっはは…。だめだこりゃ。近づいちゃダメな奴だった。」
咆哮が聞こえる。もう、耳もあまり聞こえない。痛みで触覚も当てにならない。狭い視界であたりを伺うことしか、もうできない。
「ごめん…みんな…矢鮫。」
「私がどうかした?」
突然のその声ははっきりと聞こえた。
忘れることのできない、その凛とした声。
「矢鮫…?」
瞬間、辺りに突風が吹く。赤い閃光が狼の体を貫く。
咆哮。
瓦礫の山が崩れる。
その大きな体躯が、地面に崩れる。
その眼は見開かれ、恐怖を感じている。
一層強い殺気。体が潰れそうだ。
「おまたせ。想は一人じゃ何もできないんだから誰かに助けを求めなよ。」
「うぅ…。」
「無理して動かなくていい。もうじき君の仲間が来る。治療してもらって。そうしたら、私の手伝いをしてくれる?」
「あ、あぁ。」
矢鮫が化け物に突っ込んでいく。
咆哮。
起き上がろうとしたその体が、再び地面に激突する。
咆哮。
「これが…矢鮫の実力…。」
その大剣は、まるで重さを感じさせず綺麗な軌跡を描く。
そしてあの化け物はただ声を上げるだけで手も足も出ないでいる。
「Souさん!!」
「コタ…さん?」
声の方向に体を向けようとするが、激痛で動けない。
「無理に動かないでください!今ヒールします!」
詠唱が聞こえる。
「Souくん!大丈夫?!それとあれは…。」
「あれは…赤鮫?」
「もう大丈夫ですよ。」
体から痛みが引く。左腕もちゃんと付いてる。
「ありがとう。」
「これはどういう状況?」
「化け物は強くて、僕は秘技を使う暇すらなくこうなりました。そこに彼女が来たんですが…。」
「赤鮫が優勢だな。」
うーん、パワーイズジャスティスって感じがすごいする。うん…。
「想!私が合図したら、あの新しい秘技をやって!」
「新しい秘技って…見てたの?!」
「うん。見てた。」
「まじか…。」
「おしゃべりはここまで、さーん、にー…。」
おっと急すぎる。どうやるんだっけ、タイミング合わせられるか…?!
折れていない方の刀を握り、腰に当てる。
「いーち…。」
属性付与。刀に水を纏わせる。斬撃の体勢に。右足を強く踏み出す。
「今!」
矢鮫が大きく跳躍する。狼が足を振り上げるその瞬間。
「全てを、切り裂く。[秘技:泡裂]」
これまでとは違う、悲鳴のような咆哮。
空気が振動する。
音が入り交じる。
揺れを感じる。
目が合った。その目には、恐怖が浮かんでいた。先ほどまでの殺気はもう感じられない。
「君も、本当は死ぬことが怖かったんだね。」
涙が、浮かんでいた気がした。その目の最後の光は、涙だったのだろうか。
「生きるために殺し、そして殺される。怖いよね、辞めたいよね。でも、これしかないんだ。哀れな僕らには。」
そこにあった巨体は、崩れ落ちると同時に光の束となった。




