凄惨な過去
マップ上に残っていた赤の点は全て消えた。
「お疲れ様〜。」
蒼と合流する。
「すごい…これがバフ…。」
彼女の顔には驚きのような、喜びのような表情が浮かんでいる。ついさっきまで死んだような目をしていた彼女が。
「私、これまで職業がわからなくて…。一応戦闘はできるように訓練してたんですけど実践ではみんなの荷物になってしまって…。でも、リアルには居場所がなくてここにいるしかなくて。辛かったんです、ずっと。でも、今回こんなにもあっさり職がわかって、本当に嬉しくて。」
彼女がまっすぐ僕の目を見る。
「本当に、ありがとうございます!この御恩は、いつかきっと返させていただきます!!」
「いやいや御恩だなんて…。でも本当に、蒼の悩みが解決して僕も良かったよ。」
「…はい!ありがとうございます!!」
彼女の顔が一瞬強張ったのを僕は見逃さなかった。
「…他にも悩みがあるなら、僕に聞いてくれていいよ。僕なんかが役に立てるかはわからないけれども、ね…。」
「…。」
彼女が驚いた顔をするが、すぐに暗い顔になってしまう。
「もちろん、僕に言いたいことじゃなければ言わなくてもいいよ。君に任せる。」
彼女はしばらく黙っていたが、ポツポツと呟き始める。
「私…実はOWで…。」
「うん。」
「5歳のとき…に、親に…人身売買で売られて…。」
「う…ん…。…?」
「ずっと…奴隷とし…て生き…てて…。」
彼女の目に涙が浮かぶ。
「OWで…2ヶ…月前に…逃げ出して…。」
「うん。」
「山奥…の…雪の中の…トンネル…で。ここに…辿り着いて…。」
「うん。」
「ここでも…みんなに馴染めなくてっ…。何もできない無能で…。荷物になって…。でもOWに戻ってもっ…。生きれない…。野垂れ死ぬか、殺されるか…っ。」
「うん。」
「もう…っ、何も考えたくなくて…。」
彼女の目から大粒の涙がボロボロと溢れ落ちる。彼女から嗚咽が漏れ出す。
「私は…私は…。」
僕よりも恐らく小さい子が、こんなにも壮絶な人生を歩んでるなんて…。僕だったら耐えられるわけがない。
蒼が泣きながら僕の胸に寄りかかってくる。どうすればよいかわからなかったが、背中をさする。
「よく、よく頑張ったね。ここまで頑張って生きてきたね。」
彼女が震えているのが直接伝わってくる。
「ほんとに…っ、ほんとに辛かった…っ!!辛かったって、初めて感じられた…っ!!」
「うん、うん。」
「私…わたし…生きてる…!!」
「ああ、生きてる。君は生きてる。ほんとによく頑張ったね。」
泣き声があたりに響く。彼女の体はずっと震えている。
辺りが暗くなった頃、彼女は落ち着きを取り戻した。
「ごめんなさい…取り乱しちゃって…。」
「いやいや、大丈夫だよ。吐き出したいのは、吐き出せた?」
「うん…。まだ…心配はあるけ…ど。」
彼女は少し黙った後、僕を見て言った。
「これからは、チームのみんなに、役に立てるかな?馴染めるかな…?認めて…もらえるかな…。」
「心配するな。これだけ頑張ったんだ、認めてもらえないわけがない。僕からも説明するから。」
彼女の表情が明るくなる。
「ありがとう…ございます!」
「どういたしまして。」
それにしても、衝撃的なことが多くあったな…。バッファーの存在、蒼の過去。
でも、蒼が元気になってくれたことが、余所者である僕からしても嬉しい。
とりあえず、十六夜の人に集まってもらったんだけれども。
「…。」
蒼さん、とてつもなくコミュ障。僕もコミュ障だけれども…。彼女はみんなからの視線を避けようと僕の後ろに隠れている。
まあでも、これまで彼女の中で十六夜と壁があったんだ、コミュ障云々の前にここに立つのも本当はしんどいのだろう。
彼女が僕の方を見て、首を横に振る。さすがに、難しかったか。
「えっと、みなさんに集まってもらったのは、たぶんお察しの通り蒼さんについてです。」
幾らかの人が首を縦にふる。
「彼女はこれまで職業が不明でしたが、今回わかりました。」
驚いたようなリアクションが多く見られるが、チトセさんと或都さんは特に表情に変化はない。
「簡潔に言うと、彼女も僕もジョブはバッファーです。」
「待って、バッファーは本当に存在したの?」
「はい。僕の使っているスキルが、実際にはバッファーの使っているバフと実質同じでした。」
「具体的に、バフはどんな風に使えるの?」
「そうですね…。僕の使うスキルは基本強化系で、毒効果などの存在はまだわかりません。その上、バフを他者にかけることが出来るかもまだわかりません。」
後ろで蒼が不安に感じているのが伝わってくる。
「じゃあまだ実践では扱いにくいのでは?」
「いえ、現時点で彼女が使えるバフだけでも、戦闘は十分行えます。」
「なぜそう言えるの?」
カレンさん、やっぱり尖ってるなー。まあでも、今回はちゃんと主張の根拠がある。
「先ほど、主催チームと戦闘になりました。」
「「「?!」」」
コーヒーを飲んでいたチトセさんが驚いてむせた。
「なんで今?大戦は終わったはずだよね?」
「そういえば前も主催チームに追いかけられてなかった?」
「まあ、はい。原因は明確で、僕の持つスキル系統が前代未聞な故、拘束しようとしていた感じです。」
「なるほどね…。」
「で、さっきの戦闘で蒼がスキル…バフを使えるようになって、僕自身も危ないところを助けてもらいました。」
「なるほど。」
蒼が震えているのが伝わってくる。
「てことはさ。」
アカネさんが険しい顔で告げる。
「蒼ちゃんも主催に目をつけられたんじゃない?」
「ひっ…?!」
蒼が小さく悲鳴を上げる。
確かにそこは盲点だったかもしれない。
「もし主催が “バフ” の危険性を唱えてるなら、それでSouを追ってるなら彼女もその対象になるはず。」
「おそらく外部が僕のことで知ってるのはバフと秘技だけだと思うので…。可能性は、高いですね。」
「おい、ちょっと待て。」
カレンさんが声を上げる。
「はい?」
「今、『バフと秘技 “だけ” 』っつったな?!」
「え…、はい…、あ。」
しまった、やらかしたかもしれない。
「お前…何を隠してる?」
カレンさんがナイフを取り出し僕に突きつける。
「ちょっとカレン!!」
「黙れっ!!!」
「おい、何やってんだ!!」
「ちょとまって、どういうこと?」
「間違えんな!こいつは実際には部外者だ!!抱えてんのが爆弾ってこと忘れんな!!」
部屋が混沌となる。蒼も僕からパッと離れ、チトセさんにしがみつく。その顔には…『失望』が浮かんでいる。
やばいかもな…。
「ねぇ。」
アカネさんが呟く。
「確かに、Souはあっしらにとって言ってしまえば未知の存在だけどさ。」
静かにこちらに近づいてくる。カレンさんのナイフを持つ手に力が入る。
「近づくな。」
「別にさ。」
アカネさんが立ち止まり呟く。
「危険視することはないんじゃない?隠しててもいいんじゃない?」
「は…?ふざけてんのか?」
「ふざけてなんかないよ。」
アカネさんがみんなのほうに振り返る。
「ここはRW。みんな、なんでここに来たのか、それは別に話さなくていい。ここは、訳ありの集まり。」
アカネさんがこちらに振り向く。
「別にさ、ナイフ突き立てる必要ないじゃんか。」
「馬鹿なんじゃないの?」
「馬鹿じゃないよ。」
アカネさんの表情が暗くなる。
「そりゃあ、あっしだって彼の中身に恐怖を覚えるよ、底しれない謎、闇。そりゃ怖いよ。」
アカネさんが剣を取り出す。カレンさんの目が細くなる。
「でもさ、あっしらだってこの十六夜に放り込まれただけの存在。裏切ろうと思えばいつでも裏切れる。」
エリカさんがマシンガンを持ち出す。
「おんなじじゃない?あっしらも、Souも。」
全員がどうすればいいのかわからず、おどおどする。
アカネさんが剣を仕舞い、カレンさんにもナイフをしまうよう促す。
「そりゃあ、Souにはできるだけ全部話してほしいよ。でもさ、彼が言いたくないなら、言わないなら、それには絶対理由があるはず。それをあっしらが脅迫させるのも違うし、危険分子として扱う必要もない。」
アカネさんがチトセさんに向き直る。
「最終判断は、リーダーに任せる。でも、あっしの意見としては現状維持でいいんじゃない?」
「…わ…ったしは…。」
蒼が口を開く。
「Souさん…は…大丈…夫…っ…だと思…い…ます!!」
つまりながらも彼女は言い切る。
「…根拠は?」
カレンさんが蒼に問い詰める。蒼はビクッと震え、視線を地面に落とした。
「根拠がない意見は信用ならなi…」
「Souさんはっ…優しいです。」
蒼が顔を上げる。彼女の目には涙が浮かんでいた。
「わ、私の…過去を、認めて、私を、認めて、優しく接してくれて、ずっとそばにいてくれて…っ、私、私、あんなに優しくしてもらえたの、初めてでっ…、。」
涙が一粒地面に落ちる。でも、彼女の顔には笑顔が浮かぶ。
「本当に、Souさんは、優しくて!!私は、今は、最初は、怖いって、思ったけど、それでもやっぱり、私は、Souさんが裏切るなんて思いませんっ!!」
「蒼さん…。」
「何があったかは知らないけれども。」
或都さんが話す。
「あんなにも暗かった蒼がこんなにもSouくんを信じてるんだ。それならば私はSouくんを信じる。」
数人が頷く。
「…反対の人は?」
チトセさんが周囲に聞く。手を挙げる人はいなかった。カレンさんも含め。




