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人は何に縋る?

「うーん…。」


 電球の光に満たされた部屋で大きく伸びをする。時間は23時46分。


「朝からハードだったなぁ。」


 装備の相談をして、防衛戦をして、逃走して、暴れて…。


「いや待って。」


 とんでもないことに気づく。


「打さん、あの二刀を作るの早すぎないか…?」


 逆算して、相談してから連絡を受けるまでだいたい3時間かかったかどうか…。しかも二刀なのだ。


「うーん。」


 僕はまたも考えることをやめた。


 殺風景な部屋をでて、拠点部屋に入る。


「あら、起きたの。あんな戦闘してたから、もっと寝てると思った。」

「元がショートスリーパーなので…。」


 部屋にはチトセさんしかいなかった。


「他のみんなはビーコンの監視か、OWに戻ってるわ。」

「あ、そういえばOWの今の時間ってどれくらいなんですかね。」

「えーっと…。8月20日の18時24分、かな。」


 始業式が確か…24日とかだったかな。


「…今ちょっと考えていることがあって。」

「ん?なんでも聞くよ。」

「ありがとうございます。僕、高校生なんですけど祖父の家に帰省していた時にRWに来てしまって。」

「…と、つまり?」

「通学とRWにくることを両立できないんですよね…。」

「あー。なるほどね。」


 ちなみに、OWとRWを繋ぐ改札は全国各地に存在するものの、それぞれにタグ付けされているため普段と別の改札に辿り着くことはできない。


「基本はみんなRWに引き篭もってるし…。私生活と両立できてる人ってほとんどいないね。」

「ですよね~。」


 普通に考えて、OWで三日に一回大戦に参加するのはあまりにもハードすぎる。


「そういえば、SouくんはなんでRWに参加したの?」

「え…。」

「あ、ああ、もちろん言いたくなかったら言わなくてもいいんだけれども。」


 チトセさんがコーヒーを一杯飲んでこう呟く。


「RWに来れる人って、全員訳アリなんだよね。」

「そうなんです…ね…。」


 コップを取り、水を注ぐ。


「赤鮫。」

「ん?」


 水を一気に飲み、口元の水気を拭う。


「彼女、僕の幼馴染なんです。」


 チトセさんがフリーズする。


「OWでずっと行方不明で。彼女のおかげで僕は学校にも通えていたので。」


 カップを机に置く音が聞こえる。


「彼女がいない世界は、とても面白くなくて。辛くて。なんだかしんどくて。色あせて見えて。なんの期待もできなくて。」


 コップをシンクに置く。


「分かってたんです。僕はただ社会の荷物なんだって。彼女は、その現実を僕が見えないようにしてくれる、クスリだったんです。」


 蛇口を捻り、再びコップに水を注ぐ。


「僕には死ぬ覚悟がなくて。彼女がいなくなって、僕の手元には僕が邪魔者だって事実だけが残って。車に轢かれて、家が燃えて、誰かに刺されて…。そんなので死ねばいいなって。ただそれだけを思って学校に行って、家に引き篭もり始めて。」


 蛇口を閉め、コップを手に取る。


「でも僕の世界…家族はただ暖かく、優しくて。自分の醜さが際立って嫌になって。」


 水をまた飲み干す。


「最後、いろいろとお世話になった祖父に挨拶をして。」


 透明なコップを電灯にかざす。歪んだ光がその硝子に映る。


「死のうと思ってたんです。」

「…。」


 コップを再びシンクに置く。


「でも、そう思ってるときに、駅で彼女の姿を見かけたんです。」

「赤鮫…。」

「ええ。」


 コップに映る歪んだ光が僕の網膜を照らす。


「彼女を追いかけていたらいつのまにか “改札” に辿り着いていたんです。」


 蛇口を捻り、コップを灌ぐ。


「はは、笑えてきますね。それほど僕は彼女に依存してたってことですから。」

「そうかな。」


 チトセさんがカップを持ち上げ、コーヒーを飲み干す。


「人ってさ、依存できるものには何にでも依存するんだよ。それは初めて会ったことのある人にも、ね。」


 カップがカチャリと微かに音を立てて机に置かれる。


「このRWに来るのって、ある種、依存を求めて依存を捨てるって感じかな。」

「…?」


 チトセさんが少し寂しそうな笑顔を浮かべ、クッションをどけながら立ち上がる。


「私はね。」


 カップが少し震えている。


「家族を捨ててきたんだ。」

「え…。」

「毎日、毎日、働いて、働いて、働いて。なにも悪くない夫が、娘が、息子が、嫌いになって。見たくなくなって。自分が嫌いになって。」


 チトセさんがシンクの横にカップを置く。


「ある日、RWに辿り着いて。入らずに家に帰るって選択肢もあったけど、私はその選択をせずに得体のしれない世界に迷い込むことを選んだ。」


 彼女の目は揺らいでいた。


「家族っていう依存先を捨てて、社会を捨てて、新しい世界を求めた。新しい世界に依存して、その中で依存先を見つけようとしたんだね。」

「あなたは…。それを、後悔しているんですか?」

「うーん。後悔してる、か。」


 カップの持ち手をくるくると指でなぞりながら暫く黙っている。


「後悔は、している。でも、後悔っていうのかはわからない。家族は、みんなは生きながらえているかな、元気かなって。ただ、それだけしか感じない。」

「そう、ですか…。」

「でも、後悔していない、とも言える。なぜなら、この世界で確かに私の依存先はいくつも生まれたから。OWにいても、結局野垂れ死んでただろうし。」


 彼女の深い目が僕を捉える。


「でも、あなたがどちらを選ぶかは、あなた次第よ。この世界は、来るもの拒まず去る者追わず主義の世界だから。」


 チトセさんはカップを洗い流し、見張りと交代してくるといって去っていった。


 チトセさんがいなくなった部屋の中で、彼女の言葉一つ一つが僕の脳内を反響する。

 その言葉は独特な、まっすぐな重さを持っている。それに惹かれ、殴られているような、そんな感覚が僕を襲う。


「後悔、か。」


 彼女を、矢鮫を追いかけなかったら、僕はあとで後悔するのだろうか。

 彼女を、矢鮫を追いかけずに日常に縋ったら僕は満足できるだろうか。


 僕は、何を求めてこのRWに潜ったのだろうか。


「よし、決めた。」


 僕がすべきことはこれだけだ。まだ時間はある。明日から作業を始めよう。

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