第41話
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ジル様がその方を連れてきたのは日が傾きだした夕刻のことでした。ジル様より先に室内へ入ってきたその姿にわたくしは思わず顔を引き攣らせました。
「わたくしになんの用があるのですか」
「小娘を説得しろ」
「断ります」
ウィレット様の命令を拒否するわたくしは彼を睨みつけ、その様子をジル様はウィレット様の背後から静観しています。さすがに主人の前では女中としてあるべき姿を振舞われるようです。
「アリス様になにを吹き込もうとしたのかわかりませんが断ります」
「この街で見聞きしたことは表に出さないとあの娘に誓わせろ」
「そのような取引に応じませんっ」
「見逃せばすぐに開放する。それでも応じぬか」
「陛下は民を第一に想っています。その民が苦しむような状況を見逃す訳にいきません!」
アリス様でなくとも良識ある王であれば民を困窮させてまで命乞いなどしません。わたくしも主君の助命と引き換えに不正を見逃すつもりは毛頭ありません。少なくともわたくしが知るアリス様はそれを望まれるような方ではありません。
「徴収を止め、不正に得た財を民に返せば爵位剥奪だけで済ませるよう陛下に進」
「なに?」
「直ちに王命と偽った税の徴収を止めなさい」
「私に命令するのか。小娘がなにを偉そうに」
身分を弁えろ。そう言わんばかりに軽蔑の目を向けるウィレット様はジル様になにか耳打ちをされます。
その瞬間、ジル様は目を見開きます。なにを言われたのかわかりませんが一瞬だけ表情が強張るジル様は「畏まりました」と頷き、その答えに満足したのかウィレット様はそのまま地下室を出て行きました。
「なにを言われたのですか」
「貴女には関係……ありません」
「アリス様になにかするつもりなのですか」
「……夕食をお持ちします」
問い掛けに答えず「少しお待ちください」とジル様は夕食の用意を理由に部屋を出て行かれます。なにかを隠している。そう思わざる得ない状態にわたくしは危機感を覚えました。
すぐにでもアリス様を探さなければ。その思いが強くなるわたくしは今朝同様、外へ繋がる扉を破ろうと後退りして助走距離を作ります。ですが、どうしても最初の一歩を踏み切ることが出来ません。
鉄枠で補強された木戸は見た目より強固に思え、ジル様も部屋を出るたび鍵を掛けられています。女が体当たりして壊れるとは思えなかったのです。怪我をされては困るという言葉はきっとジル様の本心なのでしょう。
(大丈夫。アリス様はきっと御無事です)
いまは大人しくするべき。そう暗示をかけるように自分へ言い聞かせます。ジル様からアリス様は無事だと聞かされたせいかもしれません。いえ、いくらなんでもアリス様の命を取るような真似はしないはず。そんな慢心が心の何処かにあったのかわたくしはそれが間違いだと知らずにジル様が戻るのを待ちました。




