第39話
◇ ◇ ◇
翌朝。床石の冷たさに目が覚めたわたくしは周囲を見渡しました。
(意外と広い空間だったですね)
朝日が差し込む地下室は思ったより広々としていました。昨日は気付きませんでしたが奥行きがあり、壁際には酒樽でしょうか大きな樽が複数置かれていました。その上には籐籠が置かれており、布が掛けられていました。
(ジル様でしょうか?)
きっと食事を持って来て下さったのでしょう。籠に掛けられた布の隙間から中を覗けばパンが見えました。ですが手を付けようとは思えず、とりあえずはジル様が来るのを待つことにしました。
(アリス様はちゃんとお目覚めになっているでしょうか)
普段から目覚めの悪いアリス様ですからまだ寝ているかもしれませんね。いえ、そもそもちゃんとお休みになれたのでしょうか。わたくしを心配して寝れずに夜を過ごされたのではないでしょうか。
(アリス様の無事がわからないのに寝てしまうとは、なにをしているのでしょう)
思えばわたくしがしっかりしていないから捕らえられてしまったのです。それなのに最低限の施しは受けられるからと安心してしまった自分が馬鹿みたいです。アリス様の無事が確認できないことにはなにも始まらないではないですか。
昨日ジル様に尋ねた際、アリス様は御無事だと聞かされました。ですがそれはわたくしを落ち着かせるための口実だったのでは。本当は危害を加えられているのでは。そんな不安が徐々にこみ上げてきます。
(やはりアリス様を探さなければ!)
幸い、身体の拘束は受けていません。自由が利きます。どうにかこの地下室から脱出すればアリス様を探すことが出来ます。ならばやるしかありません。
(……やりますか)
ゴクリと唾を飲むわたくしは1階へ上がる階段に繋がる扉を見つめます。この部屋自体もしばらく使われた形跡がありません。数回体当たりすれば突破出来るのではないでしょうか。
多少の怪我は承知の上です。わたくしは助走距離を確保するために後退りします。そして大きく息を吸うと覚悟を決め――
「――なにをしているのですか」
「ジ、ジル様⁉ あ、あのこれは――」
「逃げるなとは言いません。ですが扉へ体当たりはおやめください」
怪我をされては困ると言うジル様は朝食をどうぞと樽の上に載せられ籠を指さしました。
「先ほどお持ちしましたがまだお眠りでしたのでそこへ置かせて頂きました」
「あ、ありがとうございます」
「ご安心ください。昨日も言いましたが女王陛下は御無事です」
「本当ですね?」
「はい。先ほど朝食を召し上がりました」
残さず食べられていましたと補足付けされるジル様の言葉に焦っていた心が少しばかり落ち着きました。ジル様は敵方の人間ですが良識ある方であり、多少は信用しても良い人物だと感じました。
「主はお二人に危害を加えるつもりはございません。ただ、女王陛下を人質にしているだけです」
「人質……目的は不正のもみ消しですか」
「不正――そうですね。王家から見ればそうなりますね」
「否定しないのですね」
「貴女の世話と監視を命じられましたが、それ以外はなにも命じられていませんので」
ウィレット様が不利になり得る証言もするという意味でしょうか。使用人として主の命は守らなければならず、たとえ正義に反しても主人が不利になる言動は慎むべきです。ですがジル様にはその一部が欠如している、聞こえの良い言い方をすれば主人が相手でも自分の良心は曲げない方なのでしょう。




