第36話
◇ ◇ ◇
「――入れ」
地下室……いえ、物置と言った方が良いでしょうか。男たちの指示に従い進んだ先は屋敷の一階、食料庫の片隅にある階段を下ったところにある半地下構造の部屋でした。
天井付近に明り取りの隙間があり、陽の光が差し込んでいますが石造りの空間は無機質で冷たく感じました。燭台が備え付けられている他はなにもないことから使われていない部屋だとわかります。
「ウィレット様の命があるまでここで過ごせ」
「アリス様は御無事なのですね」
「貴様が大人しくすれば危害は加えん」
問い掛けにわたくし次第だと脅す男はもう一人の男と共に卑しい視線をこちらへ向けます。前にも似たようなことがありました。あの時はグラビス様のお陰で助かりました。ですがいまはグラビス様もアリス様もいません。
「……なにをするつもりなのですか」
「さぁ? ここなら逃げ場もないからなぁ」
「わ、わたくしにはなにをしても構いません! ですがアリス様には指一本触れさせませんっ」
「そうか。威勢だけはいい女だ」
不敵な笑い声をあげる男たちはジワリとわたくしへ近寄ります。薄暗い空間も相成って恐怖を感じます。怖い。恐怖のあまり後退りも出来ません。
「なんだ? さっきの威勢はどこ行った?」
「騎士とか言ってるが所詮は女だな」
「それ以上近寄らないで!」
「おいおい。さっきの言葉はどうした? 安心しろ。女王には手を出さん。そんなことすれば俺たちは縛り首だ」
「だが、貴様ならいくらでも言い逃れが出来る」
「さ、触らないでっ」
二人の男の手はいまにもわたくしに届きそう。すぐにでも肩を掴まれ、押し倒されてもおかしくない状況になっても足が動きません。
(でもこれで――)
これでアリス様を御守りできるなら――そう覚悟を決め、溢れそうになる涙を堪えた時です。
「ったく。運が良い奴だ」
先にわたくしの肩へ手を掛けた男が舌打ちをしました。食料庫へ続く階段の先から二人を呼ぶ声がしたのです。
「小娘一人閉じ込めるのになにもたついている! 早く上がって来い!」
叫ぶ声の主はウィレット様。好ましくない人物ですが一先ず助かったと言わざるを得ません。
不届き者の彼らも主人の命には逆らえず、わたくしを嬲るのように見つめつつ地下室を出て行きます。
「……怖かったです」
力が抜け、その場に崩れるわたくしは思わず声が出ました。
大人の男二人に迫られ、彼らがその気になれば力では勝てない。わたくしのような女の抵抗など無駄なのだと。
「アリス様……」
わたくしは近衛騎士失格です。アリス様を御守り出来なかっただけでなく、自分の身さえも不本意な形で傷つけようとしました。無事にここから出れたとしても合わせる顔がありません。
なぜ護衛を付けなかったのか。なぜ城へ戻り体制を整えると言う判断をしなかったのか。近衛騎士としてやるべきことをなにも出来ていないではないですか。わたくしは一体なんのためにアリス様にお仕えしているのですか。あの時御守りすると誓ったではないですか!
「――わたくしはどうしてアリス様にお仕えすると決めたのですか」
やはりクーゼウィンで父上と共に死を賜るべきだった。そんな後悔すら過ぎるわたくしは天井を見つめます。天井近くの明かり窓から差し込む光が天井を薄っすらと照らしますがわたくしの心を照らすほどはありません。
ここでの監禁がどの程度続くのかわかりません。先ほどの男たちが二度と来ない保証もありません。考えれば考えるほど恐怖心が強くなります。それでもアリス様だけはという思いは消えません。
どんなに無能だったとしてもアリス様が側に置いて下さる限り、わたくしはアリス様の騎士なのです。ならばその思いに精一杯お応えしなければなりません。
(アリス様、どうか御無事で……)
この屋敷の何処かいるはずのアリス様の無事を神へ祈るわたくしは知らぬ間に気を張っていたのでしょう。祈りを捧げていたはずなのに気が付けば深い眠りについていたのでした。




