第33話
「陛下。ウィレット様もお忙しいようですので、そろそろ」
「お帰りになりますか。それでは――」
「いえ。屋敷の外まで見送りをして頂ければ構いません」
「?」
「陛下は馬車での移動より歩くのを好まれます。その方が市中の民と同じ目線で物事を捕らえられると」
馬車で宿まで送ると言うウィレット様の申し出を断り、アリス様に話を合わせるように視線を送ります。するとわたくしの意図すること察してアリス様も気持ちだけ受け取りますとウィレット様へ微笑まれます。アリス様が馬車より歩きを好まれるのは事実ですので嘘は付いていません。
「エーリカが護衛として付いています。ウィレット卿の手を煩わせる訳にはいきません」
「し、しかし……」
「ホルスは実に治安の良い街です。心配は要りません」
なんとか馬車を使わせようとするウィレット様にやんわりかつハッキリと断るアリス様は立ち上がり、それに合わせるようにわたくしもソファーから腰を上げお暇の準備をします。
「本当に歩かれてお帰りになるのですか」
「はい。陛下も仰っていましたがここはとても治安が良く、女二人でも安心して外を歩けます」
「それはなによりですが――」
「エーリカは優秀な近衛騎士です。心配要りませんよ」
心遣いに感謝しますと謝辞を述べるアリス様はわたくしへ目配せをされ、それを合図に客間を出ますがウィレット様はわたくしたちを見送る気配がありません。
(見送りは無し。最低限の礼儀も出来ないのですか)
突然の訪問で都合もあったのでしょうが馬車寄せ、少なくともエントランスまで客人を見送るのが礼儀とされています。王家が相手なら尚更ですがウィレット様は退室するわたくしたちその場で見送るのみであとは控えていた従女に任されます。彼の父であるローレン様と違い、貴族の礼儀すら出来ないウィレット様に呆れてしまいますがいまは些細な問題です。
「アリス様。ワタシから離れないで下さいね」
「なに?」
「何者かに見られている感じがします」
先導する従女に聞こえぬよう、小声で先程から感じる違和感を伝えるわたくしは辺りを見渡します。不審に思われぬよう顔は動かさず、視線だけを動かして観察しますが問題は無いように見えます。それなのになぜか胸騒ぎがするのです。




