第32話
「生まれはクーゼウィンですがいまは縁あって陛下にお仕えしております」
「そうか。では市場にいたという騎士を名乗る女は――」
「市場、ですか?」
「い、いや。なんでもない」
失言だったのかウィレット様は何用で訪ねたのかと尋ねられます。その顔は険しく、出来るだけ短時間で用件を済まそうとしています。これは疚しいことがあると見て間違いなさそうです。いえ、この方が黒幕で間違いありません。
「失礼。どうぞお座りください」
「ありがとうございます。それでは」
「女王陛下のようなお方がお見えになるとは思っておりませんでした。無作法を御許し下さい」
「私は気にしません。こちらこそ知らせなく来てしまい申し訳ありません」
「とんでもございません。それで、本日はどのようなご用件で当家に?」
社交的ではありますがアリス様とウィレット様の会談は和やかな雰囲気の中始まりました。
「ホルスまで来ましたので立ち寄らせてもらいました」
「そうでしたか。街のことでなにかご不便はお掛けしていませんか」
「いえ。皆良い人ばかりで大変助かっています」
「それは良かった。ホルスは王領でございます。領民も陛下のお越しを喜んでいることでしょう」
「それなら良いのですが」
いつでも歓迎すると言われるウィレット様に微笑まれるアリス様は給仕が煎れた紅茶に口を付けられます。これではまるでウィレット様の方が高位にいるみたいですがアリス様は気にされず、カップを置くと「確かめたいことがあります」と本題に入られました。
その瞬間、アリス様の横でお二人の会話を聞いていたわたくしにも緊張が走りました。仮に市場で目にしたことにウィレット様が関与していなければローレン家との間に歪みが生じても仕方ない賭けに出ているのです。緊張しない訳がありません。
「実は不穏な噂を耳にしました。今日はそれを確かめたく貴殿を訪ねました」
「不穏な噂? 陛下。それはいったい……」
「率直に尋ねます。王命と偽り、不正に税を徴収していませんか」
「不正に税を?」
俄かに表情が険しくなるウィレット様。このような場合、疑いを持たれた者はそれを否定するのが定石です。
事実、ウィレット様は身に覚えがないと言って誰がそのような噂をしているのかと問い返されますがアリス様もそれを承知のうえで問い質しているのです。自分はいつでも見ている。そう牽制するようにウィレット様を見つめます。
「城を再建する為と偽り、民から税を巻き上げていると聞きました。答えなさい。不正は事実なのですか」
「ここは王領ホルス。陛下の許しを得ずに税の引き上げなど出来ません」
「つまり事実無根だと?」
「いかにも」
「本当ですね」
「ローレン家の名に懸けてお誓いします」
なんだかこの光景に見覚えがあるようでした。あの時、父上とサミル様も同じようなやり取りをされていました。ウィレット様が関与を認めない限りこの話は平行線を辿ることになるでしょう。
ですがわたくしはこの人がクロで間違いないと確信しています。ですからいまは白を切られても構いません。それに先程から何者かに見られている気がしてならないのです。どうやら長居はしない方が良いみたいです。




