第30話
◇ ◇ ◇
「ウィレット・ローレン。ローレン伯爵の息子だよ」
「っ⁉」
宿へ戻り、部屋に入った直後。アリス様はそう静かに言われました。わたくしが耳にしたウィレットという名はフェリルゼトーヌ家と長年親交のあるローレン伯爵家の子息の名だったのです。
「そっか……ホルスはローレン家に任せていたんだね」
ベッドに腰掛け呟くアリス様に力なく項垂れています。それだけショックなのでしょう。
ローレン様にはアルフォンヌ伯爵を討った際にお世話になり、わたくしも多少の面識はあります。城近くの屋敷に住まわれ、別の地にご子息がおられることは存じ上げていました。父に代わり領地を治めていると聞いていましたが、それがホルスだとは想像もしていませんでした。しかし、それはつまり今回の件にローレン家が関与していることを意味します。アリス様がショックのあまり黙り込んでしまうのも理解できますし、こういう時こそわたくしが励ますべきではないでしょうか。
「ローレン様が関わったと決まった訳ではありません。これから調べを進めていけば――」
「――エリィ」
「どうかなさいましたか?」
「ウィレット邸に行きたい」
顔を上げ、わたくしを見つめるアリス様の瞳は「自分で確かめる」と言わんばかりの力強さがありました。
ローレン様はアリス様が目指す国造りに理解を示される数少ない上流貴族です。そんな彼が自分を裏切るようなことはしないと信じたいのでしょう。わたくしに有無を言わさぬ強い意志を見せつけられるアリス様を前にダメと言える訳がありません。
「ホルスまで来たので立ち寄った――これでよろしいですか」
「良いの?」
「ワタシの主君はアリス様です。アリス様がそう決められたのならそれに従うのみです」
臣下としてここは止めるべきだと理解しています。わたくしたちだけで強引に調査を進めれば失敗に終わり、アリス様を危険にさらす可能性だってあり得るのです。
(もし、そのようなことになればこの命に代えてでも御守りするだけ。そのための近衛騎士なのです)
城に戻ったらグラビス様にまた小言を言われるでしょうがアリス様にお仕えする限り仕方ありません。なによりわたくしも冷静さを装っていますが内心は腹立たしく思っているのです。王命と偽り領民、それも王領に住まう者から税を巻き上げている愚行は見逃せません。
単なる視察で終わるはずだった今回の旅。当初の予定とは違う流れになってきましたがこれもアリス様が目指す国造りの一端を担うのでしょう。そう思うとアリス様がホルスを視察の地として選ばれたのは必然だったのだと思えるのでした。




