第23話
「アリス様。この街は王領なのですよね。徴税官などはいないのですか」
「いないよ。王領と言っても実際の統治は諸侯に任せてるから税の徴収も彼らに任さているんだ。クーゼウィンとは少し違うかな」
「そうですね。クーゼウィンの王領地では王が任命した徴税官が税を徴収していました」
基本的な統治方法は同じでも国が違えばやはり細部は異なるのですね。ですが徴税から統治まで全てを委任するその方法では王家が関与しないことになります。王領とは名ばかりであるだけでなく、あらゆる面で不正が行われてもおかしくないのではないでしょうか。
「たしかに不正はいくらでも出来るよね」
「え?」
「エリィの思っている通り、統治を任せきりだと彼らが悪いことをしても気付きにくいよね。でも、それってどんな方法を使っても同じだよね?」
悪いことをする人に良識は通用しない。そう言われるアリス様は王領での税の引き上げは王命がないと出来ない、つまり何者かが偽りの勅命を出していると唇を噛まれます。
「王命と偽っていることは百歩譲って許せるよ。でも、そのせいで民が苦しむのは許せない」
「ワタシも許せません。なによりこの街は王領なのです。アリス様。この街を治めている貴族を突き止めましょう」
「うん。でも心当たり無いんだ」
「王領を任せられるほどの相手です。王家に所縁ある者ではないのですか」
「……ごめん。本当に心当たりがないんだ。王領を任せている貴族すら覚えていないなんて女王失格だね」
自身の不甲斐なさに俯くアリス様の手を握るわたくしはゆっくり首を横に振ります。
「そんなことありません」
「エリィ?」
「不届きな貴族に怒りを覚え、苦しむ民を想う。アリス様は立派な女王陛下です」
「立派な女王……」
「も、申し訳ありません。近衛騎士の身で――」
「ち、違うよっ。こんな私でもそう思ってくれている人がいるんだって」
慌てて誤解を解こうとされるアリス様は照れ臭いのか頬を赤らめ、わたくしと視線を合わせてくれません。思えばこんな風にアリス様を褒めたことはありませんでしたね。
家臣であるわたくしが主君を誉めるなど、本来であれば間違っています。不敬と言われても仕方ありませんがアリス様は恥ずかしさから俯くだけでお怒りになるようなことはなく、わたくしは今後のことについて私見を述べさせていただきました。
「酒場での件はすぐに城へ知らせるべきだと思います」
「うん。そうだね」
「ですがもう少しワタシたちで調べても良いかもしれません」
「え?」
わたくしの口からそんなことが出るとは思っていなかったのでしょう。照れ隠しで表情を隠されていたアリス様は顔を上げ、驚きの表情でこちらを見つめられます。
「良いの?」
「城へ手紙を送るとしてもいまはまだ確証が持てません。そのような中で城の者を動かすのは憚られます」
「証拠を掴むってことだね」
「はい。確たる証拠が見つかれば正式な調査が出来ます」
貴族の不正となれば王命の下に騎士団を動かすことも可能です。
もちろん穏便に済ませられるのならそれに越したことはありません。しかし相手は王領の統治を委任されるほどの貴族です。私兵を抱えていたとしてもおかしくありません。ならば備えは十分にしなければなりません。
「市中で証言を――いえ、この街を治める貴族が誰なのか突き止めましょう」
「そうだね。まずはそこだね」
「はい。名前さえ判ればその者を調べられます」
城に戻ればホルスを治める貴族の名など容易くわかるでしょう。以前のわたくしならそうしていたはずです。それなのに街で聞き込みをしようなど提案するようになるとはわたくしも随分とアリス様の色に染まりましたね。
「? どうしたの。私の顔になにか付いてる?」
「いえ。アリス様にお仕えするようになってワタシも変わったなと」
「なにそれ。エリィはエリィだよ」
「フフ。そうですね。さて、今日はもう休みましょうか」
「えぇ~。もう少し起きてようよ」
「昨日は野営でろくに休めていないのですよ。しっかり休息を取ることも必要です」
頬を膨らませるアリス様に今日は夜更かし禁止ですと宣告し、わたくしは一足先にベッドに入ります。さすがに安宿のベッドだけあって寝心地は悪いですが河原の砂利の上より遥かにマシですね。
(……それにしても予想外の展開になりましたね)
アリス様はなにも知らずにホルスを視察先に選ばれました。ですがそのおかげでこの街に蔓延る不正を正すことが出来るかもしれません。いえ、民を一番に思うアリス様なら必ず解決されると信じています。
(わたくしもそのお手伝いをしなければ……)
なにが出来るかはわかりません。考えているうちに眠りについてしまったようですが、臣下として、一番近しい友人としてアリス様の力になろうと誓うのでした。




