第21話
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夕刻前。予定よりも少し早くホルスに着いたわたくしたちは街の東側にある宿場で部屋を取ることが出来ました。宿と言っても部屋の造りは質素かつ宿の1階は酒場と言う安宿です。
ベッド以外に家具らしい家具はなく、ドアに付いている内鍵は簡易的な構造で気休め程度にしかなりません。女だけで使うには躊躇うような造りですがアリス様の目はキラキラと輝いていました。
「なんだか旅してるって感じがして良いねっ」
「このような宿しか取れず申し訳ありません」
「全然良いよ!」
下級貴族の使用人でも幾分マシな部屋を使うであろうにアリス様は全く気にされず、むしろ幼子のようにはしゃがれています。
「アリス様。少しは落ち着いて下さい」
「だってこういうところ初めてなんだもんっ。そうだ。今日の夜ご飯、下の酒場で食べようよ」
「そうですね……え?」
「ダメ?」
「ダメというか、ああいった場所はアリス様には――」
「え~。私は気にしないよ?」
「少しは気にして下さい。あのような場所は不埒な者もいると聞きます。ワタシたちだけで行くのは止めた方が良いと思うのですが」
セルフィスの街でも食堂を利用しましたが酒場と違い、食事を主とする店でした。故に酒に酔った者――特に悪酔いしたような者はおらず、わたくしたちだけでも安心して利用できました。ですが今回は違います。この宿も他に選択肢が無かったから決めただけなのです。わたくしだけならともかくアリス様を危険な目に遭わせるようなことは出来ません。
「アリス様。少し歩けば夜市をやっている広場があります。そちらで夕食を取るのは如何ですか」
「却下」
「却下って……アリス様、下は――」
「酒場だからなに? 夜市となにが違うの?」
「それは……」
「夜市に行きたいのならそれで良いよ。でも、印象だけで物事を判断するのは良くないよ」
先入観で決めつけるのは貴族の悪い癖。そう言い切られるアリス様はそうは言いつつもわたくしの考えを真っ向から否定されることはありません。王の護衛なら当然の判断だと言って下さいます。
「エリィは近衛騎士として当然の判断をしただけ。だからこれは私の我儘。今日は下で食べよ?」
「アリス様……はい。ご一緒します」
「ありがと」
ニコッと笑顔を見せるアリス様は早く行こうと言わんばかりにわたくしの手を取ります。
アリス様ほど高貴な方が何処の馬の骨ともわからぬ者が集まる酒場へ行くなど、本来であればあってはならないことです。少なくともわたくしはそう教わりました。ですがアリス様の仰る通り、それはただの先入観であり、貴族だったわたくしの悪い癖なのかもしれません。そう思えるようになったのはアリス様にお仕えし、自分の知らない世界を見せて頂けているからなのでしょうね。




