第17話
アリス様のお部屋に着くや否や扉を乱暴に開け、主君の名を叫ぶわたくしはベッドに腰掛けているアリス様を睨みます。それとほぼ同じタイミングでアリス様もわたくしに視線を向けますが、すぐに顔を引き攣らせ口をパクパクさせます。
「アリス様!」
「あ……う、うん。どうしたの。そんな怖い顔して」
「なんで言って下さらなかったのですか⁉」
「え、えっと……なんの――あっ⁉」
「思い出しましたか」
「思い出しました。その……ごめんなさい」
忘れていたと素直に非を認められるアリス様はシュンとなりわたくしの顔色を窺っています。
「怒ってる、よね?」
「怒ってます。視察に行かれるというのは本当ですか」
「も、もちろんエリィも一緒だよ」
「そういうことを聞いてるのではありません!」
「っ⁉」
「ワタシはアリス様を御守りする近衛騎士なのですよ! 貴女のことを一番知っておくべき人間なのではないですかっ」
声を荒げるわたくしを前にアリス様は俯きます。相手が誰であろうが関係ありません。たとえ主君が相手だったとしても言うべきことはしっかり言わなければなりません。
「アリス様はこの国の王なのです! なにかあってからでは遅いのですよっ」
「…………」
「場合によっては騎士団と護衛の打ち合わせも必要です。もう少しご理解ください」
「……うん。ごめんなさい」
「それで、どちらに行かれる予定なのですか」
「行って良いの?」
厳しく叱責したせいでしょうか。視察そのものを反対されると思っていたのでしょう。わたくしの機嫌を伺うような訊ね方をされるアリス様にいつもの無邪気さはありません。普段怒らない者が怒ると効果があると聞いたことはありますがこれ程までに効力があると思いませんでした。
「別に反対している訳ではありません。事前にワタシにも伝えて欲しいというだけです」
「ホルスって街に行こうと思ってるんだ」
「ホルス?」
「ここから北に行ったところにある街で王領なんだ。普段は代官を置いてるんだけど、名前は……アレ、誰だっけ」
「覚えてないのですか⁉」
「えっとね……アレ?」
どうやら本当に思い出せないようです。必死に代官の名を思い出そうとするアリス様は腕を組まれ首を傾げますが一向に名前が出てきません。さすがに続けざまに主君を怒れるほどの器量は持ち合わせておらず、その代わりになんだか頭が痛くなりそうです。王領の統治を任される訳ですからそれなりの爵位を持つ方だとは思いますがこの様子では答えが出ることはなさそうです。
「ごめん。思い出したら教える」
「アリス様。地方貴族ならともかく、王領を任せるような高位貴族はしっかり把握して下さい。求心力にも影響しますよ」
「ごめん。ちゃんと覚えるよ」
「だからと言って夜更かしはダメですからね」
「ダメ?」
「ダメです」
まったくもう。夜遅くまで執務や翌日の準備をされるのは構いませんがそのせいで寝坊されては困ります。今日のところは早くお休みいただくことにしましょう。このまま夜更かしをされて寝坊などされてはたまりません。
「出発が午後だからと言って遅くまで起きていて良い訳ではありません。早くお休みください」
「今日のエリィ、なんだか母上みたい」
「誰のせいだと思っているのですか」
なんと言うか複雑な心境です。ほんの1年ほど前までは王妃候補だったわたくしですが母親になるような年齢ではありません。ですが近衛騎士の立場を超え、アリス様のお世話係もしている自覚はあるのでその表現を完全には否定が出来ないのも事実です。
「ねぇ、エリィ?」
「なんですか」
「また旅が出来るね」
「そうですね。また行けますね」
アリス様の問い掛けに短く答えますが喜びを隠しきれず、笑みを溢される姿を見るとわたくしも自然と表情が緩くなります。
女王としてアリス様に国を統べて頂かなければなりません。本当ならば城で執務に専念して頂くべきであり、宰相も決まっていない現状を鑑みれば視察のためとは言っても城を空けるのはよくありません。それでも再考を求めないのはわたくしもアリス様と再び旅が出来るのを望んでいたのですから。




