第16話
◇ ◇ ◇
ウィル様のお墓から戻ったのは夕刻近くのことでした。予定では昼過ぎには城へ戻ることになっていましたが第一城壁の内側、つまり市街に入ったところでアリス様が急に市場を散策したいと言い出されたのです。
本来であればアリス様を説得して予定通りの行動をとるべきだとはわかっています。ですが今日は休日。少しだけならと馬車を降り、昼食も兼ねた市場見物をして徒歩で城へ戻ると決めたのはわたくしです。それなのにいまはその判断を下した自分を叱りたい気分です。
「エーリカ殿は陛下の近衛騎士なんだ。もう少し考えて行動してくれ」
「申し訳ありません」
「いくら休日と言っても陛下はこれまで以上に公人として振舞わらなければならないのだ。自由が過ぎるのは困る」
「陛下にはわたくしの方からその旨お伝えします」
アリス様のことで小言を言われるのは苦ではありません。グラビス様も騎士団長という立場故に苦言を呈されているだけであり、アリス様から自由を奪うなど無理な話だと本当はわかっておられるのです。
「いまさら陛下に勝手な真似をするなとは言わん。だが、一国の王であるということは肝に命じさせてくれ」
「畏まりました」
「すまんな。エーリカ殿に嫌な役目ばかり負わせて」
「いえ。わたくしこそお手間を取らせてしまい申し訳ありません」
再び頭を下げるわたくしに気にするなと言って下さるグラビス様はお互い苦労するなと苦笑され、簡単に明日の予定の確認をしたいと言われます。
「出立は午後となっているが間違いないか」
「出立?」
「? 聞いてないのか?」
「はい。なにも」
「そうか……」
グラビス様の表情から察するにわたくしの耳にも話が届いていると思われたのでしょう。話の流れから明日、アリス様は何処かへ行かれる予定になっているようですが、そのようなことはなにも聞いていません。
「明日から予定で王都近隣の街の視察に行かれることになっているのだが……」
「――え?」
「どうやら陛下から聞いていないようだな」
「聞いてません!」
「そ、そんなに怒るな。陛下がエーリカ殿へは自分が伝えると言われたんだ」
「言われてません!」
「落ち着け。話しておくべきだったな。すまん」
悪かったと謝罪され、グラビス様はあとで詳細を伝えると言って下さいますがそれだけでは怒りが収まりません。アリス様のことで小言を言われるのは苦ではありません。それでもやはり虫の居所が悪かったのでしょう。普段は感情的にならないわたくしは親子ほどの歳差があるグラビス様に詰め寄ります。
「先ほどの件はわたくしにも非がありますっ」
「お、おう……」
「ですがわたくしは陛下の近衛騎士です。そのような重要なことは陛下任せにせず言って頂かないと困ります!」
「わ、悪かった」
「とにかくアリス様に確認いたしますっ」
滅多に見せない剣幕に押され気味のグラビス様に一礼し、文字通り踵を返しアリス様のお部屋へ向かうわたくし。これまでも幾度となくアリス様には振り回され、その度に寛容な態度を取っていましたが今回はさすがに怒りをぶつけても良いでしょう。夕食の時間はとうに過ぎているので恐らく私室におられるはずです。
(なんで言ってくれないのですかっ)
アリス様のお部屋に続く廊下を急ぎ足で進むわたくしは怒っていました。執務室に向かわず、真っ直ぐアリス様の私室へ向かうわたくしとすれ違う従女たちはその都度立ち止まりますが礼をすることなく、代わりに驚いた様子でわたくしを見つめています。よほど怖い顔をしていたのでしょう。
今日のことはわたくしも悪くお叱りを受けても当然だと思っています。しかしグラビス様の話を聞いた途端、これでは怒られ損――いえ、アリス様に信頼されていないのだと思ってしまった自分がいるのです。臣下として間違っている、ただの子供だと思われても構いません。
(わたくしは貴女の近衛騎士です。なのになぜっ)
――アリス様っ!




