第14話
◇ ◇ ◇
「アリス様。準備は宜しいですか」
「うん。大丈夫」
「良いですか。城の外ではなにが起きるか分かりません。決してお一人にはならないで下さい」
翌早朝。アリス様へ念を押すと見送りの兵たちも同調するように頷きます。今日はアリス様の私的な外出であり、同行者はわたくしだけです。警護の兵は付きません。だからこそあえて注意したのですが、兵たちの反応が気に入らなかったのか待たせていた馬車に乗り込んだ途端、アリス様は頬を膨らませて不満を口にされました。
「私ってそんなに信用されてないの。ちょっと酷くないかな」
あんな言い方されるとなんて心外だと口を尖らせるアリス様ですが、なにも根拠なく言っているわけではありません。
「クーゼウィンでのことを覚えていないとでも言うのですか?」
「うっ⁉」
「塀をよじ登って離宮を抜け出したのは誰だったでしょうか?」
こっそりと抜け出し、帰りは堂々と門から入って衛兵を困らせたことを忘れたとは言わせません。
「城下と言っても安全が保障されているわけではありません。なにかあってからでは遅いのですよ」
「わかってるよ」
「ですから絶対一人で行かないで下さいね」
「エリィ……絶対私を信用してないよね」
ジト目でわたくしを見つめるアリス様ですが“前科”がある以上、完全には否定できならしくすぐに目を逸らされました。わたくしもアリス様の自由奔放さを否定するつもりはありません。あくまで臣下として注意する程度に済ませて窓越しに城下の街を眺めます。
「まだ朝早いというのに活気がありますね」
「市場が近いからかな。昔は父上とよく行ってた」
「……やっぱり」
「だ、だって焼き立てのパンってすごく美味しんだよっ」
「パンの為に抜け出すのですか……」
ロラウ様の話はグラビス様からもある程度聞いているので多少のことでは驚きません。ですが専属の職人が焼くパンを差し置いて屋台のパンを買い求めるとは。自由過ぎて呆れてしまいます。
「お願いですから今日は何処にも行かないで下さいね」
「わかってるよ。だって今日はウィルのところに行くんだから」
「そうですね。やっと会いに行けるのですよね」
「うん」
小さく頷くアリス様の表情はなんとなく悲しげでした。
アリス様がウィル様のお墓に行きたいと言われたのは昨日のことです。先の政変の際に命懸けでアリス様を御守りしたウィル様が眠るのは王都のはずれにある墓地の一角です。往復で半日は掛かる行程ですが公務の調整をせずに済んだのはきっとグラビス様が予め調整されていたのでしょう。
「アリス様、不躾ながら一つお聞きしても良いですか」
「父上たちのこと?」
「はい。ロラウ様と王妃様は大聖堂の地下で眠られているのですよね。お会いに行かなくて良いのですか」
「私は行けないよ」




