第10話
◇ ◇ ◇
午前中から立て続けに行った宰相候補との面談は予定時間を超え、昼食を挟んで午後も行われました。
数人の候補と個々に会われ、国政に対する意見や自身の信条を聴聞する場として設けられた面談は昨日の懇談会とは違い、終始穏やかな雰囲気で進みました。
「次が最後の方ですね」
「結構時間押しちゃったね」
「無駄話が多過ぎです。あくまで今日は宰相候補を決める為の面談なのですよ。雑談は控えめにお願いします」
今日一日、アリス様と宰相候補との会談に同席して感じたのは頻繁に話が逸れるということ。堅苦しい空気を和ませる雑談は大切なことですが天気や趣味と言った無難な話題から前国王ロラウ様との思い出話など、アリス様だけでなく相手方もなかなか本題へ入らないのです。
「ロラウ様のお話で盛り上がる気持ちは分かりますが、いまは公務中なのですよ」
「わかってるよ。それで、最後は誰?」
「ブレアム辺境伯です」
「ブレア……彼も候補だったね」
あからさまに表情を顰めるところを見るとブレアム辺境伯を好ましく思っていないのでしょうか。
「お呼びしても宜しいですか」
「うん。お願い」
「わかりました」
出来ればサボりたい。そんな空気を隠すことなく、渋々頷くアリス様にはもう少し頑張って頂くことにしてわたくしは部屋の隅で控えている侍従にブレアム辺境伯を呼ぶよう命じます。
「ブレアム様の前ではそんな顔しないで下さいね」
「わかってるよ」
「明日の午前は予定がありませんのでゆっくりお休みください」
「ありがと」
気遣うわたくしに微笑まれるアリス様は深呼吸をして気分を入れ替えると凛々しく、そして慈愛に満ちた女王の顔でブレアム辺境伯を待ちました。
「アリス様――」
「なに?」
「……いえ、なんでもありません」
「明日、街に行っても良い?」
「ご予定でもあるんですか」
「ちょっとね。行きたいところがあるんだ」
「行きたいところですか。何処ですか?」
「うん。実は――」
「来られたみたいですね」
コンコンとドアをノックする音にわたくしたちは私語を止め、アリス様はタイミングを見計らって入室の許可を出されました。
本来であれば相手方が名乗り、入室の許可を求めるところですがアリス様は相手が名乗る前に入室を許されます。それと同時にドアが開き、どちらかと言えば細身で髭を蓄えた男が入ってきました。ブレアム辺境伯です。
「オイビンド・ブレアム。参上いたしました」
「待たせてしまいましたね」
「とんでもございません。陛下にお呼び頂けるだけで光栄でございます」
「そういえば昨日の礼がまだでしたね。遠路はるばる私の為によく来てくれました」
「臣下として当然のことでございます」
恭しく礼をする辺境伯の所作は美しく、たとえ社交辞令だとしても主君への接し方は貴族として問題はありません。その姿だけを見ればアリス様と敵対する側にいるとは思えません。ですが彼がわたくしに目を向けた直後、その考えは間違いだったと気付かされました。




