第8話
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翌日。午後から開かれた懇談会は成功とは言い難い結果となりました。
貴族のみならず、商人をはじめとする城下の民たちを招き、アリス様が思い描く国の未来を現実とすべく開かれた懇談の場。それぞれの考えに隔たりがあるのは当然であり、それは理解していましたがあまりにも意見が違い過ぎました。なにより予想外だったのは商人の発言でした。
民たちの代表として発言の機会が与えられたロレンスという名の商人はアリス様が目指す国造りに理解は示しつつも貴族が各地を治める現状の維持を求めました。理由はただ一つ。領主の庇護が無くなることを恐れたのです。
ロレンス様の商館は城下にあり、いわばアリス様の庇護を受けています。ですが王領の外で商いを行う者は領主たる貴族の庇護を受けるのが通例であり、それが相手方への信用に繋がるのです。つまり貴族の庇護があって初めて商売が出来るのです。
(彼らの言い分も理解は出来ます。しかし――)
両者が切っても切れない関係にあることはアリス様もご存知のはず。それにアリス様が目指す国造りには解決すべき多くの問題があるのもおわかりのはずです。それでも懇談を終え、私室に戻られたアリス様が暗い顔をされているのはそれだけロレンス様の言葉がショックだったのでしょう。
「エリィ……」
「はい」
「私、間違ってるのかな」
「そんなことはありません。アリス様のお考えが立派です」
いつものようにベッドの淵に腰掛けられるアリス様の隣でわたくしは在り来たりな慰めしか出来ません。繰り返し対話の場を設け、少しずつ理解して頂くしかない。そう慰めるわたくしも本音を言えばアリス様同様に心を痛めていました。
ロレンス様はおそらく本心を述べただけです。ですが貴族たちにはそれが自分たちへ媚を売っているように聞こえたらしく、女王陛下の御前にも拘らず激しい言い争いへ発展してしまったのです。
「言い争いの発端を作ったエヴァン男爵へは会の後で苦言を呈させて頂きました。陛下の御前ですることではないと」
「そっか。ごめんね」
「謝らないで下さい。騎士の身分でありながら男爵へ小言を言うなどで出過ぎた真似をしました」
近衛騎士と言っても爵位はありません。身分の上では男爵に苦言を呈するなど考えられないのです。クーゼウィンにいた頃ならあり得ない行動をしたわけですがアリス様はそんなわたくしに責めたりはしません。
「エリィは私の騎士なんだから当然だよ。気にしなくて良いよ」
「ありがとうございます」
「それにしても、やっぱり父上は大変だったんだね。いつもこんなことをしてたんだよね。私はまだまだ追い付けないよ」
ロラウ様と自信を比較するアリス様は苦笑いされます。まだ王となって日が浅いアリス様にとっては仕方のないことかもしれません。それでもやはり比べてしまうのは己の不甲斐なさを悔やむ表れなのでしょうがわたくしにはその悔しさを受け止めることしか出来ません。




