第3話
「クーゼウィンにいた頃よりも表情が豊かになったな」
「も、申し訳ありません。国王陛下の前ではしたない真似を」
「気にするな。俺たちはそんな堅苦しい仲ではなかったはずだ」
「そうだよ。エリィは硬くなり過ぎだよ」
「アリス様はもう少し緊張感を持ってください」
気心知れた相手には王族の品位の欠片もない接し方をされるアリス様には本当に困ったものです。それにしても、サミル様はどうしてこんなところまで足を運ばれたのでしょうか。
「晩餐会の場では堅苦しい挨拶しか出来ないからな。正直、俺も堅苦しいのは苦手だ」
「それは知っていますが――」
「エリィ、いまは私たちだけなんだよ。楽にしなよ」
完全に女王の皮を脱いだアリス様はリラックスした様子でサミル様にクーゼウィンの近況を尋ねられます。非公式の場とは言え、やはり隣国の政情は気になるようですね。
「あれから1年だっけ。内政は順調?」
「おかげさまで――と言いたいところですが一部の貴族からは反感を買っています」
「エリィのお父さんのこと?」
「そうですね」
アリス様の問いに頷かれるサミル様は一瞬だけわたくしに目をやりました。事情はどうあれ、サミル様が父上の命を奪ったのは事実です。その事実を消すことは出来ません。
「わたくしは気にしておりません。もう過去のことです」
「そうか。そう言って貰えるなら俺も少しは気が楽になる」
「それに謝るのはわたくしの方です。サミル様の顔に泥を塗るような真似をしてしまいました」
「俺が王として未熟だったゆえの結果だ。おまえだけが咎められるのは間違っている」
すまなかった。そう頭を下げられるサミル様は顔を上げられると今度はアリス様に視線をやり、これからが本当の始まりですと自身の経験談も踏まえ民を率いる術を教示されました。
「わたしは自身の愚かさに気付かず大切なものを失い、良き友人を失くすところでした。どうか同じ轍を踏まぬよう」
「それは私も同じです。危うく国を亡ぼすところでした」
「国を亡ぼす、ですか」
「あのままアルフォンヌ伯爵が国を統べていれば何れクーゼウィンとの間で争いが起きていたでしょう」
そうなれば小国である我が国に勝ち目はない。そう口にされるアリス様ですが言葉に嫌味っぽさはありませんでした。だからと言って卑下する訳ではありません。もし、万が一にもそのような事態になったらこの命に代えてでも民を守るという強い意志を感じました。
「他国が敵意を持ってやって来ると言うのであれば、私はなにがあっても民を守ります。たとえ相手がサミル陛下。貴方だったとしても。ですが――」
「なんですか?」
「貴国とはこれから先、未来永劫これまでと変わらぬ関係を続けたいと思っています」
強い決意をサミル様に向けるアリス様は直後。真面目な話は終わりと言わんばかりにニパッと無邪気な笑顔を見せ、左手をサミル様に差し出しました。
「だからほら。握手しよ?」
「あ、あのアリス様?」
「なに?」
「左手での握手は……」
「え? あ! これは違うの!」
わたくしの指摘に慌てて差し出した左手を戻すアリス様は珍しくアタフタされています。どうやら差し出す手を本気で間違えたようですが、そんな我が主君にサミル様は優しく微笑まれます。
「陛下は即位されたばかりです。これから覚えていけば良いだけですよ」
「サミ君なんか私をバカにしてない⁉」
「アリス様が間違われるからですよ」
「そ、それはそうだけど――」
「アリス様の一挙手一投足が国の行く末を決めるのですよ。もう少し慎重になさってください」
さすがに左手で握手しただけで敵意があると思われることは無いでしょう。しかしアリス様の言動はフェリルゼトーヌの意思と受け止められます。そのことはしっかり理解して頂かなければなりません。思わぬところで墓穴を掘ることとなったアリス様はバツの悪そうな顔をされます。気心知れた者しかいないからなのかもしれませんが、やはりこういうところは少しずつ直して頂きましょう。




