第1話
「あんな起こし方しなくて良いじゃん!」
「アリス様が起きないのが悪いんですっ」
「だからってベッドから引きずり落とさなくて良いでしょ!」
戴冠式を終えて私室へ戻られた直後。溜まった鬱憤を晴らすかのようにアリス様は物凄い剣幕でわたくしを責め立てられ、わたくしも立場を忘れ言い返しました。
「アリス様がもっと早く起きれば良かったのですよ! 昨日あれだけ注意したじゃないですか!」
「あと5分寝たら起きてたもんっ」
「それ、7回は聞きましたよ?」
「うっ⁉」
「とにかく、戴冠式のような重要行事の時くらい早く起きて下さい。従女たちにも準備があるのですよ」
「……わかった」
わたくし以外にも迷惑が掛かると分かれば素直に非を認められるアリス様はシュンとされます。こういうところは見習うべきというか、聞き訳が良いと言うべきか、アリス様らしさを感じます。
「晩餐会まで時間がありますがこちらで過ごされますか?」
「そうだね。エリィも晩餐会出るんだよね」
「はい。警備も兼ねて」
「え?」
「え?」
「一緒じゃないの?」
「はい。騎士団は警備を命じられています」
戴冠式に先んじて新編された王立騎士団。王家を御守りする者としてグラビス様を団長に組織され、わたくしもアリス様を直接御守りする唯一の近衛騎士として騎士団に身を置いています。戴冠式ではアリス様を最も近い場所で御守りしましたが、晩餐会では他の騎士と共に城内警備を仰せつかっています。
「アリス様の側にはグラビス様が付かれます」
「却下」
「却下と言われましても……」
「エリィは私の騎士なんだから側にいなきゃ。でしょ?」
「ですが――」
困りました。城内警備を命ぜられた時にこうなることは予想していましたがいざ現実のものとなると対応に悩みます。
「アリス様。お気持ちは嬉しいですが騎士団に属する以上、ワタシも騎士の役目を果たさなくてはなりません」
「グラビスと変われば良いよね」
「そういう問題ではなくて……」
最終的にはわたくしたちが折れることになると分かっていても説得するのが臣下の務め。我儘と言えばそれまでですがわたくしを最も信頼しているからこそ言われているのです。その気持ちは身に余るほど光栄なものであり、その思いに出来るだけ応えたいとは思っています。つまりここは――
「グラビス様と相談してみます」
「さすがエリィ。ありがと」
「あまり我儘を言わないでくださいね。ワタシはともかく、アリス様が我儘だと思われるのはアリス様の品位に関わります」
妥協を見せつつ言うべきことは言う。これもアリス様にお仕えする以上必要なスキルです。後でグラビス様にこのことをお話しなければなりませんが――
「誰か来たようですね」
「誰だろ」
「――陛下。お客様をお連れしましたが、こちらへお通ししてもよろしいでしょうか」
ノックの後に室内へ入ってきたのはグラビス様でした。式典用の甲冑を纏ったままのグラビス様は少々申し訳なさそうな表情をされています。
「客人ですか?」
「はい。やはり別室にお通しした方がよろしいですか」
「いえ、こちらに通してください」
「アリス様⁉」
「畏まりました」
「グラビス様⁉」
アリス様の返答に恭しい一礼で応えるグラビス様はすぐに部屋を出られ、お二人の行動に思考が追い付かないわたくしは考える間もなく入室を許可したアリス様をジト目で見ました。
「せめて少しは考えて言って下さい」
「わざわざ伺いを立てたってことはそれ相応の相手ってことだよ。なら断る理由はないでしょ?」
「ですが……」
「大丈夫だよ。別に寝起きじゃないし」
そういう意味で言った訳じゃ――いえ、確かにそうですが私室で客人と会うのは控えるべきです。
「とにかく、アリス様はこの国の女王なのですよ。もう少し考えて判断して下さい」
「わかってるよ」
「そう仰るのなら朝も自分で起きて頂けますか?」
「いまそれ言うの⁉」
「毎朝起こす身にもなって下さい」
ハァと溜息を吐きたくなりますがさすがにいまは堪えます。まもなく客人が来るのです。女王陛下に仕える身として客人に失礼が無いようにしなければ。
「アリス様。私室とは言え、相手に失礼のないようにしてくださいね」
「わかってるよ。お客さんって誰だろうね」
「面会の予定があるとは聞いていませんので分かりませんが――お見えになったみたいですよ」
近づく足音に深呼吸されるアリス様の顔が変わりました。国王としての威厳を出すような凛々しい横顔。しっかりメリハリを付けられるところは感服させられます。




