第53話
「貴様っ……よくも……っ!」
空振りに終わったと見せかけ、下から突き上げるように出したレイピアは伯爵の胸を貫通していました。一瞬の出来事です。勢いだけで向かって来るわたくしに剣を構えようともしない伯爵は隙だらけ。力任せに振り下ろすと見せかけ、下から斜め上に突き刺せば勝てると見たわたくしの読みが当たりました。
「……小娘が……ふざけた真似を……」
「女だからと甘く見るからですよ」
「…………生意気な……」
「わたくしはアリス様の騎士。主君を脅かす者は許しません」
絶命等しい伯爵から剣を引き抜くと鮮血が噴き出し、床へ倒れ込む彼を見つめるわたくしは慈悲など持ち合わせていません。目を見開いたまま息絶えた伯爵を前にただ一言――
――これで終わりました。
途端、わたくしは急に力が入らなくなりその場に崩れ落ちました。我に返ったと言うべきなのか、伯爵の死体を前に恐怖がわたくしを襲いました。
(……酷い姿をしていますね)
当然ながら人を殺めたのは初めてであり、窓に映る返り血を浴びた自身の姿を見るとたとえ憎き相手であったとしても、二度と経験したいとはとても思いませんでした。
「エリィ!」
「……アリス様」
「大丈夫⁉ 怪我してない⁉」
「少し掠っただけです。申し訳ありません。剣を抜くなと御命令をワタシは――」
「そんなの良いから! どうでも良いからっ」
ただ茫然と死体の前で座り込むわたくしに駆け寄り、血で服が汚れるのも気にされずわたくしを抱きしめるアリス様はいまにも泣き出しそうでした。
「お願いだから心配させないでよ! エリィになにかあったらサミ君にどう謝れば良いの⁉」
「……すみませんでした」
「サミ君だけじゃない。私だって嫌だよ……どんなに重い十字架背負っても背負いきれないよ」
思いの丈を吐露されるアリス様の目からはポタリ、ポタリと涙が零れています。それは宿敵を討った喜びからではありません。わたくしに対する安堵や怒りが涙となり、頬を伝わっているのが痛いほどわかりました。
「――エリィ」
「はい」
「終わったんだよね」
「はい」
「父上と母上の仇、取れたんだよね」
「はい。わたくしがきちんと」
「エリィ――」
――ありがと
アリス様の心からの謝辞と共に窓から朝日が差し込み、わたくしたちを照らします。それはこれから始まる新たな国造りを祝福しているようでした。




