第51話
◇ ◇ ◇
アルフォンヌ伯爵は離宮の2階の一番奥にある娯楽室にいました。
明かりを灯さず、窓から入る月明りだけを頼りに一人でチェスに興じる姿はどこか不気味さを覚えます。
「これはこれは。王女殿下。お久しゅうございます」
わたくしたちの姿を目に入れた伯爵は手に持っていた駒を台の上に置き、こちらを振り向くと恭しく礼をしました。しかしアリス様への敬意を彼から感じることは出来ません。
「話には聞いていましたが。ご無事だったのですね。火災の後、消息が不明になっておりましたので皆心配しておりました」
「アルフォンヌ伯爵。降伏しなさい。貴方の悪行は全て暴かれています」
「悪行? なんの話でしょうか」
「あの日、城に火を放ったのは貴方ですね。そして父上と母上を殺した。全て分かっているのですよ」
如何にも悪人らしい、典型的な惚け方をする伯爵を前にアリス様は感情を押し殺しておられます。本当なら飛び掛かり、その手で命を奪いたい。感情を抑える代わりに彼を睨みつける眼にはそんな感情が伝わってきます。
「アルフォンヌ伯爵。今ならまだ命だけは助けましょう。降伏しなさい」
「……親子揃って馬鹿なのだな」
「――っ!」
「城に火を放ち、王を殺した反逆者の命を助ける? 笑わせるな!」
「私はいたって真面目です!」
伯爵の怒声に負けぬようにとアリス様も声を荒らげます。ですが相手は男です。声量だけでなく威圧感も相手が圧倒的に有利です。しかも彼の腰には剣が差してあります。このまま剣を抜かれたら……
「――エリィ」
腰に下げたレイピアに手を掛けた時でした。わたくしの動きを読んでいたかのようにアリス様は「ダメだからね」と囁かれました。
「抜いたらダメだからね」
「ですがっ!」
「絶対! 抜かないで。お願い」
「……わかりました」
騎士である以上はアリス様を御守りしなければなりません。ですが一度は剣を抜かないとお誓いした身。アリス様が剣を抜くなと命じられるのならそれに従うほかありません。歯痒い思いをすることになりますがいまは見守るしかありません。
「その女は貴様の騎士なのだろ? そんなこと言って良いのか」
「彼女に剣を抜かせるつもりはありません」
「さすがあの男の娘だ。揃いも揃って下らぬことを」
「父上を侮辱することは許しません!」
感情を逆撫でするような発言にアリス様は語気を強めますが彼にとってそれは無意味であり、むしろアリス様が怒り狂うさまを楽しんでいるかのようでした。
「侮辱などしていない。戯言をほざく者を王とは認めんと言っているのだ」
「民の為の国を作ってなにが悪いのですか!」
「民の為? 貴様らはなにも分かっておらんな。平民どもは貴族がいなければなにも出来ん。が、あの男は貴族中心の世を悪と断罪した。当然の報いを受けただけだ」
「貴族社会を悪と言ったのではありません。その地位を私欲の為に使う愚行を否定したのです」
本当なら怒りを露にしたいことでしょう。感情を押し殺し、静かに伯爵の言葉を否定するアリス様はなぜわたくしの父、コルネリオ・フロシュ・レーヴェンと手を組んだのかと問われます。
「なぜレーヴェン公爵と手を組んだのですか! なにゆえ国を売るようなことに手を染めたのですかっ」
「手を組んだ覚えなどない。奴はこの国の金鉱を欲し、私はこの国を統べる力を求めた。ただ利害が一致しただけだ」
そう言うことでしたか。これで手紙の意味が分かりました。父上にアリス様を殺すよう仕向けたのはこの男でしたか。
父上はクーゼウィンを統べるだけでなく、この国の鉱山をわが物にしようとしていた。アリス様はそこに立ち塞がる障壁であり、それはアルフォンヌ伯爵にとっても同じこと。王家の生き残りがいる限り、真の意味でフェリルゼトーヌを手中に収めることは出来ない。故にこの男は父上にアリス様殺害の依頼をした。自ら手を汚さずに邪魔者を排除しようとした。二人にとってアリス様は共通の敵だったのですね。つまり父上は――




