第50話
◇ ◇ ◇
「それでは殿下。どうかご武運を」
「はい。付き添いご苦労様でした」
「門の鍵は予め解錠してあります。もし開かぬなら東へお回りください。そこには――」
「父上が使っていた抜け穴がある――そうですよね」
「いかにも。あの抜け穴のせいで陛下には困らされました」
「いまとなっては良き思い出です。良いですか。決して女中たちに剣を向けるのではないですよ」
「承知しております。それでは」
深夜――深く一礼をして離宮の表へ向かうグラビス様たちは剣だけを携えた軽装姿です。甲冑を付けていないのは金属が擦れ合う音を防ぐ為であるのはもちろん、離宮内の従女達に敵意がないと示す為と聞いています。
わたくしたちがグラビス様たちと分かれたのは離宮の裏門の前。アリス様の話では普段から人気のない場所らしいのですが、仄かな月明りだけが照らすだけの空間は不気味さもあります。
「アリス様。いよいよですね」
「うん。ねぇ、エリィ」
「なんですか?」
「もし、もし失敗したらたぶん命はないと思う。それでも一緒に来てくれる?」
「ワタシの命はアリス様と共にあります。いまさら逃げるなど致しません」
改めて決意を述べるわたくしに安堵の顔を見せるアリス様は「行くよ」と門扉を開け、離宮の敷地へ入って行かれます。その後を追うわたくしはきっとこれまでにないほど緊張していたことでしょう。胸の脈打つスピードがとてつもなく速いのが分かります。
(アリス様だけはなにがあっても御守りしなければ)
伯爵が素直にその首を差し出すとは思いません。もしものことがあればこの命に代えてでもアリス様を御守りする。その覚悟を胸にアリス様と共に屋敷の中へ入りました。




