第49話
◇ ◇ ◇
部屋に戻るとすぐにアリス様はベッドへ飛び込まれました。しかしそこはわたくしが使っている二段ベッドの下段。他人の布団を勝手になどと言いたいところですがアリス様相手にそれは通用しません。
「アリス様、今日は私が上を使いますよ?」
「えぇー、一緒に寝ようよ」
「さすがにこのサイズで二人は狭すぎますよ」
「そうだけどさ――」
「――分かりました。少しずれて頂けますか」
仕方ありません。口を尖らせるアリス様に物を言う気力も今日は残っていません。
「朝になって眠れなかったと文句言わないでくださいね」
「言わないって。このくらいで大丈夫?」
「ありがとうございます――あの、アリス様」
「なに?」
「その、顔がすごく近いのですが」
一人用にベッドに二人で寝るとこうなるのですね。アリス様の顔がこれまでで最も近くにあります。息遣いがはっきり分かる場所にアリス様がいます。
「さすがにこれは、なんていうか……近いね」
「だから言ったではありませんかっ」
「ちょっ、耳元で叫ばないでよ」
「す、すみません」
「ようやく父上たちの仇を取れるよ」
「はい」
「ありがと。私の我儘に付き合ってくれて」
なにをいまさらと、友人同士なら言うところなのでしょう。ですがわたくしたちは主君と臣下。親しい間柄と言ってもそこは弁えなければなりません。
「ワタシはアリス様の騎士であり臣下です。アリス様が望まれるのならなんだって致します」
「ありがと。でも、私たちは親友でもあるんだから言いたいことはちゃんと言ってよね」
「そう仰るのならもっと王女らしい振舞いをして頂けますか」
「なんで怒るの⁉」
「正論を申しているだけです。アリス様」
「なに?」
「何故ワタシを騎士として迎え入れて下さったのですか」
いまさらどうしてそのようなことを尋ねたかと聞かれれば答えに迷います。無論、いまの環境はわたくしにとって好ましく、この生き方を見出してくださったアリス様には感謝しています。それでも騎士として仕えるようになったあの日からずっと疑問に思っていました。
「ワタシはクーゼウィンの人間で、公爵家の令嬢でしたがフェリルゼト―ヌ家の接点はありませんでした」
「単に私の騎士になって欲しいって思っただけだよ。強いて理由を付けるならサミ君かな」
「サミル様ですか?」
「エリィがいないところでね『エーリカを頼みます』ってお願いされたんだよ。サミ君からはエリィには言うなって口止めされてたけど」
秘密は隠し切れないねと苦笑されるアリス様の横でわたくしは言葉を紡げずにいました。サミル様はあの時、わたくしには「殿下を頼む」と言われましたが同様の話をアリス様にもされていたとは思ってもいませんでした。
「エリィはいまの生活より放浪の旅が良かった?」
「そんなわけありません! アリス様には感謝してもしきれません。なにがあってもアリス様のお側を離れるつもりはありません」
「ありがと。さ、そろそろ寝よっか。遅くまで付き合わせてごめんね」
わたくしの言葉に安心されたのでしょうか。就寝の挨拶をされるアリス様は目を閉じ、しばらくすると寝息を立て始められました。
(わたくしも早く寝なければ)
無防備な寝顔を見せるアリス様を横にわたくしも目を閉じます。これ程近くにアリス様を感じたことは無く、緊張から鼓動が早くなっているのが分かります。このままでは眠れそうにありません。
「――もう少しだけ起きていますか」
身体は睡眠を欲していますがどうしても寝付けず、ベッドから抜け出すわたくしは備え付けの机に向かうことにしました。
「やはり日課は欠かさない方が良いのかもしれませんね」
引き出しの中に入れていた日記帳を取り出すわたくしは思わず苦笑いをしてしまいます。今夜は遅いからと書くのを控えるつもりでしたが、やはり日記を付けなければ一日を締めくくることが出来ないようです。
「グラビス様たちとの話し合いは当然ですが、城下を散策されたことも書いておくべきですね」
ペンを走らせるわたくしは一日の出来事を順番に記していきます。これは私的な日記と言うよりも記録なのです。出来るだけ多くのことを客観的に記さなければなりません。
(この日記はアリス様が歩まれた足跡の証でもあります。しっかり残さなければ)
頭が冴えたと言うべきか、眠気を感じることなくペンを走らせるわたくしですが気が付いた時には机に伏した状態で毛布を掛けられていました。どうやら日記を付けているうちに寝てしまったようです。おそらくこの毛布はアリス様が用意して下さったのでしょうが――
「――これでは風邪をひいてしまいますよ」
ベッドの中で体を丸めているアリス様に毛布は掛かっていません。なにかの拍子に起きられた際、机に伏しているわたくしを見て掛けて下さったのでしょうね。そして自分はなにも掛けることなく二度寝をされてしまった。アリス様らしいですね。
「いまアリス様に風邪をひかれては困るのですよ?」
くしゅんと咳き込むアリス様に毛布を掛け直すわたくしは微笑み、もう少しだけ起こさずに寝かせて差し上げようと決めました。




