第47話
◇ ◇ ◇
「アリス様。勝手にどこかへ行かないでくださいね」
アリス様と共に王都の街を散策したのは翌日の午後です。グラビス様は護衛を付けると言われましたがアリス様が断固拒否され、普段と変わらずわたくしと二人でのお出掛けです。
「良いですか。絶対一人にならないでくださいね」
「分かってるよ。それにしても久しぶりだな。全然変わってないよ」
「城下へはよく来ていたのですか」
アリス様のことです。お忍びと称して城を抜け出していたのでしょうが、そんな想像とは裏腹にアリス様は「抜け出したことは無い」ときっぱり否定されました。
「城を抜け出すのは父上と湖に行く時くらいだよ。城下へはちゃんと警備の者を付けて来てたよ」
「グラビス様からは『勝手に抜け出すことが多かった』と伺っていますが?」
「ギクッ⁉」
「アリス様、別にお忍びが悪いとは言いません。ですが近しい者にくらいは言って頂けますか」
「なんで怒られるの⁉」
「別に怒ってなどいませんよ。当然のことを言っているだけです。それはそうとアリス様――」
「うん。グラビスの言ってた通りだね」
アリス様が指差す方向には黒く煤汚れた廃墟がありました。
柱や梁、屋根と言った部材は燃え落ち、石で組まれた躯体のみが残る不気味な建築物はかつてのフェリルゼトーヌ城。話に聞いていた通りではありますが、その姿を目の当たりにすると言葉を失ってしまいます。
「アリス様。街へ行きたいと言われたのはもしかして――」
「直接、見たかったんだよね。城はね、中庭を囲む回廊のようになってたんだ。クーゼウィンの離宮と造りは似てるかな。2階の奥が父上たちの寝室。私の部屋はあの辺りかな。で、手前のあの辺が父上の執務室。私が城から逃げ出す為に使った隠し通路がある場所」
「そこから城外へ出られたのですか」
「あそこに教会があるでしょ? あの教会の礼拝堂に出るようになってたんだ。礼拝堂で近衛騎士たちと合流して、樽の中に隠れて、荷馬車で王都を出たんだ」
樽の中はさすがに狭かったと苦笑いされるアリス様ですがその顔にはどこか悔しさが滲み出ていました。それでも涙を流さないのは王女として強く生きようと言う表れなのでしょう。
「グラビスがね、言ってたよ。ウィルのこと」
「え?」
「私とウィルが恋仲だったことは父上も承知していたみたい。隠してたつもりだったけど気付かれてたんだね」
「ロラウ様は如何なさるおつもりだったのですか」
「私はいずれ王配を取らないといけない。その相手にしようと思ってたみたい」 「……そうでしたか」
確かウィル様は平民出身だったはず。身分を考えれば王配候補には名前すら上がらないでしょう。しかし国王ロラウ様は彼をアリス様の夫にしようとしていた。お二人が既に恋仲であったにせよ、おそらく貴族たちの反発は免れなかったでしょう。 「ロラウ様は古い慣例よりアリス様のお気持ちを大事にされたのですね」
「結局叶うことは無かったけど、父上はそういった部分でも貴族主義をなくそうとしていたのかもしれない」
「アリス様はその御遺志を継ぐ唯一の方です。ロラウ様が目指した国を一緒に作りましょう」
「うん。ありがと。私頑張るよ」
笑顔を見せて下さるアリス様にわたくしも笑顔になります。
「もう少し街を散策されますか?」
「良いのっ⁉」
「はい。ワタシももう少し見て回りたいです」
グラビス様からは早く戻るように仰せつかっていますが、久しぶりの城下を楽しみたいアリス様を前にそのようなことは言えません。あとから小言を言われるかも知れませんが嫌ではありません。
「エリィ! 早く行こっ」
「アリス様! 一人にならないで下さいっ」
「エリィが遅いからだよ」
手招きするアリス様はとても楽しそうです。こんなにも楽しそうな顔をされるのはわたくしの知る限り初めてかもしれません。無邪気に笑う姿は王女と言う重圧から解放されたかのようです。
(やはりアリス様には笑顔がお似合いですね)
年齢より幾分幼くも見えますがわたくしはそんなアリス様が好きです。だからこそ、その笑顔を守らなければなりません。その為にはアルフォンヌ伯爵を討たなければなりません。その決意を新たにしつつ、一人先に人混みへ消えてゆくアリス様を追いかけました。




