第36話
◇ ◇ ◇
「給仕人の募集?」
「はい。昨日、こちらで夕食を頂いた際にそのチラシが目に入ったものですから」
「チラシ? あぁ、これか」
壁に貼られたチラシを指さすわたくしに店の主人は合点が行ったようですが、どこか申し訳なさそうに、わたくしが思っていたものと違う反応を見せました。
「悪いな。実はもう募集はしていないんだ。剥がし忘れてた」
「そう……ですか。お手間を取らせてしまい申し訳ありませんでした」
「謝ることはないさ。なにか物入りなのか?」
「実は王都まで行く必要がありまして、その旅費を」
詳細は伏せさせて頂きましたが二人分の旅費を稼ぐ必要があると告げ、事情を知った店主は顎に手をやり難しい顔をしました。
「おまえさん、名前は?」
「エーリカ・H・クーゼウィンの出身なのか」
「そうですが。なぜ?」
「こっちじゃ聞かねぇ名だ。それにクーゼウィン訛りがあるからな」
店主はそう言うと雑用なら雇うと無理を聞いてくださり、いつまでにどのくらい必要なのか尋ねられました。わたくしは出来るだけ早く、昨日両替した額と同じくらいは稼ぎたいと正直に答えました。
「短期間で800か――」
「あ、あのっ。決して無理をお願いする訳では……」
「エーリカと言ったな。おまえさん料理は出来るか」
「その少しなら――」
「18だ。時給18フェリヌ。これなら1週間もあれば賄えるだろ」
「そ、それは……」
想像以上の待遇を提示する店主に思わず後退りしてしまいます。求人の倍以上の報酬などわたくしは一体なにをさせれるのでしょう。自分から言い出したとはいえ警戒してしまいます。
「そんな怖い顔しなくて良い。ウチは娼館じゃないんだ。料理が出来ると言っただろ。雑用だけじゃなく厨房も頼みたいだけだ」
「……わたくしが厨房に?」
「料理の腕次第じゃ弾んでも良い。どうする?」
店主の提案はいまのわたくしにはとても好都合です。フェリルゼトーヌ入りを果たしたと言っても王都まではまだ時間が掛かります。セルフィスでの滞在は出来るだけ短く済ませたいの事実です。
「誠心誠意、勤めさせて頂きます」
「そうかい。俺はアルクだ。よろしく頼む」
「はい。宜しくお願い致します」
「それじゃ、早速働いてもらうぞ。こっちに来てくれ。ちょうど今夜出す料理の準備をしていたんだ」
「はいっ。宜しくお願い致します!」
予想していた結果とは少しばかり違いますがなんとか職に就くことは出来ました。これで王都までの費用は目途が付きました。ほんの数日しか働かないわたくしを通常の倍の給金で雇ってくださった店主には感謝しかありません。宿に戻ったらこのことをアリス様へご報告しなければ。
(そういえば、アリス様はなにをしてお過ごしになっているのでしょうか)
宿を出る際は「部屋で大人しくしている」と言われましたが、お小遣いも渡しましたからどこかお出掛けになられていることでしょう。夕刻には宿へ戻れるようご配慮頂いているのでそのくらいにはお戻り頂きたいところです。
(いずれにせよ、いまはしっかり奉仕しなくて)
クーゼウィンにいた頃はこうして奉公することになるとは思ってもみませんでした。ですが、この新鮮な環境に少々浮かれているわたくしがいるのも事実。少しでもアルク様のお役に立たなければ。




