第29話
◇ ◇ ◇
わたくしたちが街を出たのは夜明け前のまだ空が暗い時間でした。
見送りは離宮を発ったあの日から常に先頭に立ち、露払いをしてきた指揮官と直属の部下の2名のみ。他の者たちとは昨夜のうちに別れを済ませましたし、なにより早朝に大勢での見送りは街の方達の迷惑だという理由からアリス様が望まれました。
(……空気が冷たい。今日は良く晴れそうですね)
離宮を発ったあの日とは違いよく晴れた夜空は地平線の彼方が仄かに明るく、じきに夜明けを迎えることを告げています。
「それでは行きましょうか」
少しでも早くフェリルゼトーヌに着くようにと夜明け前に発つと決めたのです。
(一日でも早くフェリルゼトーヌに着かなければ)
大きな欠伸をされるアリス様が持つ荷物に手を伸ばすわたくしは少し気が張っていました。ここから先はわたくしだけでアリス様を御守りしなければなりません。クーゼウィンの騎士だった時とは違い、主君を直接守る近衛騎士としてアリス様のお傍にいるのです。
「自分の荷物くらい持つから大丈夫だよ」
「ですがアリス様。主君にそのようなことをさせるのは――」
「もう。エリィは真面目過ぎだよ。確かに私は主君でエリィは臣下かもしれないけど、私は親友だと思ってるよ。エリィのこと」
「親友、ですか」
「うん。だから身分は違っても平等でいたいって思ってる。ダメかな」
「それは……」
本来であればアリス様には主君として堂々として頂きたいです。フェリルゼトーヌを統べる女王になられる方なのです。お気持ちだけを受け取るのが筋であり家臣としてあるべき姿。ですが――
「あとで疲れたとかは無しですからね」
いまのわたくしはアリス様と同じ思いでした。主君に仕える身でありながらアリス様とは共に喜びや悲しみを分かち合い、笑い合える関係でありたいと願っていました。
「エリィこそ『疲れたぁ』なんて言わないでよ」
「言いません! 行きますよ」
これでも一応騎士なのですよ。プイとそっぽを向き一人先に歩き出すわたくしの後ろをアリス様が付いてくるのを足音で確認します。
国境線はこれより東、3日程歩いた場所を流れる小さな川が目印。フェリルゼトーヌ側の岸が国境になっています。
川を渡ればそこは異国の地。見ず知らずの土地です。不安がないと言えば嘘になります。ですがアリス様とならこの先、なにがあろうとも乗り越えられる、そんな気持ちで一歩また一歩と歩みを進めました。
(これからが、本当の始まりなのですよね)
アリス様にとってクーゼウィンで過ごされたこの数カ月はいわば序章。これからが本番なのです。奪われた権威を王家に取り戻し、民と共に国を再建する。それがアリス様の願いであり、わたくしの夢なのです。
(アリス様なら大丈夫です。どんなことがあろうとも、ワタシは貴女の傍にいます)
どれだけ時間が掛かるか分かりません。ですがアリス様がその夢を叶えられるよう、わたくしはフェリルゼトーヌの騎士として、良き理解者としてアリス様の傍に仕えよう。地平線の先から昇る陽にそう誓い、新たな道を進み始めるわたくしでした。




