第23話
父上の処刑が決まったのはそれから1週間後のことでした。
追放の日まで謹慎を申し付かったわたくしが最後に父の顔を見ることは許されず、ただ明日、日が昇る前に城内で執行されるとだけ使者の手によって知らされました。
無論、最後くらい顔を合わせたいと言う気持ちはあります。ですが執行の知らせが届いただけで満足している自分がいるのも事実です。
「――これで、良かったのですよね」
自室の窓から見える王城は普段となにも変わりなく、明朝には実の父親が処刑されようとしているにも拘らずこれと言った感情はありません。親不孝と言われればそれまでなのですが、わたくしたち親子の関係はその程度だったということを実感する瞬間でした。
「あとはわたくしの迎えを待つだけになりましたね」
国を追放される者が国境まで送り届ける馬車を待ち遠しく思うのは些か変な話です。この国に未練がないと言えば嘘になり、自身の過ちを悔いる日はあります。それでも近衛騎士として新たな主君の下に仕える誇りの方が勝っているのです。
「アリス様に出会えて本当に良かったです」
主君への謝辞としては簡便過ぎるかもしれません。ですがこの短い言葉にわたくしの全てが詰まっていると言っても過言ではありません。貴女から貰った恩を決して忘れず、この命に代えてでも御守りする。その決意を胸にわたくしは窓に映る己の姿を見つめました。ガラスに映る顔は昨日となにも変わりませんがどこか晴れやかでした。
「なにか嬉しいことでもあった?」
「アリス様?」
「なんだかモヤモヤが消えた感じだね」
「断りなしに入るのはマナー違反では?」
「エ、エリィだって勝手に入るでしょ」
それはアリス様がお許し下さったからですよと申したいところですが、その代わりに「冗談ですよ」と微笑みました。
主君と家臣の関係でありながら、いまのわたくしたちはまるで親しい友人のよう。微笑むわたくしに頬を膨らますアリス様ですがすぐに笑顔となり、なにがおかしいのか二人でクスクスと笑い合います。
「それで、ご用件はなんですか」
「私ね、明後日クーゼウィンを出ようと思うの」
「そうですか。それは急な……はい?」
「さっきサミ君のとこ行ってきたんだけどね、その日なら護衛の兵も出せるって」
もうなにも言いません。いえ、言うだけ無駄と言うか、これがアリス様であり、わが主なのだと自分を納得させた方が早いと悟りました。ですがわたくしの件はまだ決まっていません。それどころか、これまでのアリス様のお話を総合すると、わたくしがフェリルゼトーヌの騎士となったことをサミル様はご存じないように思うのですが。
「アリス様。ひとつ宜しいですか」
「なに?」
「わたくしはまだ自由に身を動かすことが出来ません。それについてはどうされるおつもりなのですか」
「それなら問題ないよ。サミ君に話してきたから」
「なっ⁉」
「さすがに呆れてたよ。けど、それなら仕方ないねってエリィも一緒に行けることになったよ」
全部丸く収まったと満足気なアリス様と違い、いまさらながらこの方にお仕えして良いのかとわたくしは頭を抱えてしまいます。その行動力には驚かされますし、ある意味では尊敬するに値します。なによりこの方のそういうところに惹かれ、お仕えしたいと思ったのは事実です。それでもやはり、時々なされる予想の斜め上を行く行動には感心できません。
アリス様、といつものように小言を言いそうになりますが今日はぐっと思い留まり、代わりに「ありがとうございます」と謝意をお伝えしました。
「どこまでも付いて行きます。貴女が拒むまで、どこまでもお供します」
「頼りにしてるからね?」
「はい。お任せください」
周囲から見ればわたくしたちの関係は奇妙に映ることでしょう。殺されそうになった者と殺そうとした者が主従関係を結び、和やかに笑い合っているのです。たとえ周りが冷ややかな視線を送ったとしても変わることはありません。アリス様が望む限り、いつまでもどこまでもお仕えし、御守りする。それがわたくしの背負うべき十字架なのですから。




