第20話
「二人になった途端その態度か。ま、仕方あるまい」
「も、申し訳ありません」
「謝ることはない。俺こそ悪かった」
「っ⁉ 陛下、いまなんと――」
「その呼び方はよせ。いまは王と家臣ではなく、昔のように幼馴染として語りたい」
正確には王と“元”家臣だけどな、とわざとらしく付け加える陛下の表情は柔らかく、その姿はわたくしがよく知る幼馴染のサミルでした。
「これまで冷たく接していたことは後悔している。すまない」
「そんなっ。陛下……サミルはこの国の王ですから仕方ありません。確かにちょっと悲しさはありましたけど」
「すまなかった。それにしてもアリス殿下には困ったものだな。いや、愉快な方と言った方が良いか。おまえを側に付けて正解だったみたいだ」
「わたくしを?」
「コルネリオがなんと言ったか知らぬが、おまえを殿下の護衛に付けたのは俺なんだ」
おそらく周囲から反対の声があったのでしょう。最後は王命だと押し切ったと口にするサミルは疲れた顔を見せました。
「このところのおまえには“表情”が無かったからな。殿下と接することで昔のエーリカに戻って欲しいと思ったんだ」
「そんなに感情が出ていませんでしたか」
「ああ。小さい頃のおまえは感情豊かだった。そんなエーリカを“無”にしてしまったのは俺が原因なのだろうが、まぁ、罪滅ぼしみたいなものだ」
知りませんでした。即位してからのサミルは人が変わったように冷淡でわたくしに対しても素っ気ない態度しか取りませんでした。表現が適切かどうかはさておき、わたくしに興味を失くしたとばかり思っていたので本心を知れたいまは嬉しく、思わず彼の胸に顔を埋めてしまいました。
「無理するからよっ。急に王などなれやしないのに気を張るから! だからわたくしは――」
「すまない。おまえには辛い思いばかりさせてしまった。コルネリオの件もそうだ。俺が不甲斐ないばかりに奴を暴走させてしまった」
「父上のことはわたくしにも責任があります。娘なのに言いなりになってしまいました。それで、父上は――」
「執行はまだ決まってない。その日が来たら必ず知らせよう」
「ありがとうございます。それから――」
泣き顔を見せたくないわたくしはサミルの胸に顔を埋めたまま話を続けます。ですが彼も内心ではきっと分かっているのでしょう。なにも言わずにわたくしが口を開くの待ってくださいました。
「その……婚約のことでお話があります」
「――その話か。触れぬつもりでいたが、やはり避けては通れないか。なんだ?」
「婚約を破棄させてください」
「コルネリオの件か」
「わたくしにはサミルの、国王陛下の妃となる資格などありません」
黙ったままじっとわたくしを見る陛下は暫くの沈黙の後、そっとわたくしを抱きしめました。優しく、けれど力強くわたくしを包んでくれるサミルは資格など必要ないと断言されました。
「王の妃になる為に資格など必要ない。そんなのは周りが勝手に決めたものだ」
「し、しかしわたくしはっ!」
「先ほども言ったが俺が不甲斐ないせいで父親を大罪人にしてしまい、おまえを苦しめてしまった。本当にすまない」
「謝らないでください。サミルは悪くありません」
「エーリカ。俺はおまえの為ならこの地位など、欲しいと言うものにくれてやるだけの覚悟がある。それでも決意は揺るがないのだな」
「……はい。これはわたくしなりのケジメでもあります。覆す訳にはいきません」
「そうか」
「ごめんなさい。これじゃあなたの顔に泥を塗るだけよね」
今日ほど自分の愚かさを憎んだ日はありません。ただでさえサミルの王としての品位に傷をつけたと言うのにまだ物足りず、新たな傷をつけてしまうわたくしを彼は強く抱きしめてくれました。突き放すことなく、この2年間で出来た溝を埋めるように強く、そして優しく抱きしめてくれるサミルに涙がこぼれます。
「エーリカ。おまえの国外追放を取り消すことは出来ない。許せ」
「すべては自分が犯した過ちです。あなたを憎んでなどいません」
「こうして話が出来るのはおそらく今日が最後だ」
「……はい」
「俺は王と言う立場上、おまえを見送ることは出来ない。だから言わせてくれ。おまえがどこに行こうとも俺はおまえを想っている」
「――っ⁉」
「元気で暮らせよ。エーリカ」
無理に笑顔を作るサミルの目には薄っすらと涙が浮かんでいました。初めて見るその姿は見るに堪えず、再び彼の胸に顔を埋めてしまいました。いえ、この人から離れたくないという気持ちがそうさせた。そう言った方が適切かもしれません。嗚咽交じりに泣くわたくしを受け止め、いつまでも優しく抱きしめてくれたサミルの温かさは一生忘れることはありません。同時にいまのわたくしには烏滸がまし過ぎる願いを思うのでした。
――どうかサミルの、クーゼウィンの未来に幸多からんことを。




