第15話
「ワタシは貴女を殺すためにここにいるのですよ! いまここで首を絞めることも! 短剣で胸を一突きすることだって出来るのですよ! それなのになぜ……」
「エリィには出来ないよ」
「出来ます!」
「出来ないよ。だってこれまで何度も失敗してるでしょ」
・・・…え?
「気付いてないと思った? なら、その時点で暗殺者失格だね」
「……いつから気付いていたのですか」
「最初は偶然が重なっただけかなって思ってたけど、さすがに何度も繰り返されるとおかしいって思うでしょ?」
「それは……」
つまりわたくしには最初から素質が無かったということなのでしょうか。そうですよね。父上から何度も叩かれ、蹴られてもなお己の考えを変えることは出来ずアリス様にお仕えしていたのですから。気付かれても仕方ありませんよね。
「それで、だれの命令なの? エリィの独断じゃないんでしょ?」
「――分からないのです」
「エリィ、だれかを庇っても自分が苦しいだけだよ」
「庇ってなどいません! ワタシは父上から命じられました。父上はサミル様の命だと言っていました。しかしサミル様からはなにも……」
「そっか。サミ君から直接言われた訳じゃないんだ」
「――アリス様」
「なに?」
「ワタシは貴女を殺そうとしました。たとえ未遂とはいえ、王女殿下の命を狙ったのは事実。どうか御処分をお申し付けください」
覚悟は出来ています。異国の姫君とはいえ、王族の命を狙ったのです。死をもって償うだけの大罪を犯しました。いまここでアリス様が命じて下さればこの命惜しくありません。
「覚悟は出来ております。どうかわたくしに罰をお与えください」
重苦しい空気がわたくしたちを包みます。アリス様はただ黙ってわたくしを見つめ、その視線に耐え切れずにわたくしは俯いてしまいます。
「ねぇ、エリィ?」
「はい」
「辛かったね」
「アリス様?」
「失敗するたびにレーヴェン公から罰を受けていたんだよね」
父上のことは一度も話したことがありません。なのにアリス様は全て見ていたと言わんばかりに優しくわたくしの頭を撫でてくださいました。
「辛かったね。怖かったよね」
「……なぜ知っているのですか」
「王城の行った後のエリィってなんとなく暗い顔してたから」
「それだけでなぜ分かるのですか」
「毎日一緒にいたらわかるよ」
一緒にいればわかると仰るアリス様はギュッとわたくしを抱きしめ、なに一つ罪に問うつもりはないと言われました。その言葉に涙が溢れ、アリス様の胸を濡らしてしまいました。
「――登城するたびに父上に叱責されました」
「うん」
「なぜ殺さないのかと。陛下の命をなんだと思っているのかと叱責の度に叩かれ、今日は倒れたところを蹴られました」
「うん」
「それでもワタシには出来ません。貴女を殺すなんてできません」
どうか、どうか罰をお与えください。わたくしは大逆行為を犯したと同然なのです。死を持って償う覚悟はとうに出来ています。それなのにアリス様はこの国の王族ではないからとその決意を無駄にしようとします。
「アリス様。わたくしにどうか罰をお与えください」
「それは出来ないよ」
「なぜですかっ! ワタシは貴女を殺そうとしたのですよ!」
「エリィ!」
突然私の名を口にするアリス様はわたくしを抱きしめる力をさらに強め、その強さに思わず顔をしかめてしまいます。
「ごめんね。いま、すごく痛いよね。私も同じくらい心が痛い」
「アリス様……」
「エリィの覚悟はすごいと思うよ。さすが公爵令嬢だね」
「そんな。ワタシは――」
「でもね、私には罰を与える権利がない。この国でそれがあるのはサミ君だけだよ」
「サミル様だけ……」
「そうだよ。だから明日、二人でサミ君のところ行こ。私に打ち明けてくれたようにサミ君に全部話そ?」
アリス様は抱きしめる力を緩め、代わりに温かい眼差しでわたくしを包んでくださいます。そんな優しくて温かいアリス様の御心遣いにわたくしは力強く頷き、サミル様に全てをお話しようと決意するのでした。