第44話
◇ ◇ ◇
ウィレット邸での軟禁生活は気が付けば7日が過ぎようとしていました。
(グラビス様たちが心配しないはずがありません。ですが……)
予定ではホルスを離れ、すでに城へ戻っているはずのわたくしは日を追うごとに焦りを感じるようになりました。
ホルスの視察は往復5日の予定でした。アリス様の奔放さに慣れている城の者でも帰城遅くなればさすがに心配するはず。ですがホルスの街に捜索隊が入ったと言う話もありません。
(……もっとアリス様に厳しくするべきだったのでしょうか)
なんだかんだ言ってアリス様に甘い自分を律するべきだったと後悔したくなります。ですがいまさらそんなこと思ってもこの状況を打破することは出来ません。
「主も苛立ちを見せ始めています」
「ジル様?」
いつからいたのかジル様は気持ちが沈むわたくしの前へ来るとバスケットを置かれました。
「お食事をお持ちしました」
「あ、ありがとうございます」
「主人の行いは許されるものではありません。ですが――」
「なにを言われようと無駄です。アリス様もわたくしも不正を見逃すつもりはありません」
「このままでは主は実力行使に出るかもしれませんよ」
さすがに命は取らないでしょうがと付け加えるジル様の瞳は「脅しではありません」と訴えています。おそらくわたくしに危害を加えることでアリス様を従属させようとしているのでしょう。アリス様を大人しく従わせるには簡単かつ最も効果的な手法かもしれません。
「主人は要求を飲まれない陛下に苛立ちを感じています」
「アリス様は民の幸せを願っています。どんなことがあろうとこの街で行われている不正は容認出来ません」
「ですがそれでは貴女が――」
「どういう意味ですか」
「いえ。なんでもありません」
顔を伏せるジル様の様子から想像は出来ました。ウィレット様は不正の見逃しをアリス様から取り付けるためにわたくしへ手を下そうとしている。ジル様の表情は暗にそれを伝えていました。
「アリス様を御守りし、アリス様が目指す国を守れるならわたくしはどうなっても構いません」
「……本当によろしいのですか」
「お仕えすると決めた時、この命は陛下にお預けしました」
「そうですか。ですが、貴女が傷付けば女王陛下は主に屈するのではないですか」
「それは……」
それでは本末転倒なのではと問うジル様へ返す言葉が見つかりません。
アリス様へ危害を加えられるくらいならわたくしがという思いは常にあります。しかしそれではジル様の言う通り、アリス様が不本意な決断を下すことになりかねません。
「誰かに仕えるというは難しいものです。自分のしていることが本当に主のためなのか、わからなくなることがあります」
独り言のように呟くジル様は悲しげな眼をわたくしへ向け、そのまま地下室を出て行かれます。
「警告はしたつもりです。私はこれ以上、なにもして差し上げることは出来ません」
「お気遣い感謝します」
「……それでは」
まるで今生の別れのような言い方をされるジル様に不気味さを覚えますがウィレット様の悪行を放置する訳にはいきません。それにアリス様が御無事なら必ず事態は好転します。その機会を物とするためにも全てを甘んじることなく受けましょう。そう覚悟を新たに主君の無事を祈りました。




