第43話
「クーゼウィンへ逃れられた陛下のお世話を仰せつかったのが始まりでした。わたくしは陛下のお世話をすると同時にあることを命じられていました」
「あること?」
「……陛下の暗殺です」
「なっ……!」
「驚かれますよね。わたくしはクーゼウィン王から陛下の暗殺を命じられていました」
もちろんそれは父上が仕組んだ策略であり、サミル様にそのような気は全くありませんでした。しかし当時のわたくしは父上の嘘にまんまと乗せられ、幾度となくアリス様の命を狙いました。
「わたくしは陛下に付き添われ、クーゼウィン王の前で全てを打ち明けました。極刑も覚悟しました。ですが陛下がそれを許されず、結果として国外追放を言い付けられました」
「だからと言ってなぜ女王陛下の騎士になれたのですか。いまの話からは理解出来ません」
「わたくしもそう思います」
いまでもアリス様がなぜわたくしをお傍に置かれたのか本当のところはわかりません。自分を殺そうとした相手を傍に、ましてや近衛騎士と言う立場に登用するなど常識的に考えられません。
「もしかしたらわたくしの境遇を不憫に思われたのかもしれません」
「不憫、ですか」
「わたくしは公爵令嬢として生まれ、順当に行けば王妃になる予定でした。ですがその裏側は決して華やかなものではありませんでした」
日頃から父上はとても厳しく、手を挙げることも珍しくありませんでした。王妃として、レーヴェン家の名に恥じぬ人間になるようにと一種の親心だと思っていました。それでもアリス様殺害を失敗するたびに受けた罰は辛く、それでも家の名誉の為と堪えるのが当然と思っていました。
「その考えを変えたのが陛下ですか」
「アリス様が違う世界を見せて下さったおかげでわたくしは父上の呪縛から解放された。いまではそう思っています」
「そうですか」
「奇妙な話だとは思います。ですがアリス様はそういう方なのです」
おそらく自分への殺意が本意でないことを見抜いての計らいだったのでしょう。ですがジル様の表情を見るとアリス様の行いが特別なものだったのだと実感させられます。
「理解して欲しいとは思っていません。わたくしはそれだけのことをしたのですから」
「そうですね。理解は出来ません。ですが、貴女がなぜこの状況でも強くいられるのかわかった気がします」
「どういうことですか」
「陛下は貴女を信頼され、貴女も陛下を信頼している。だからなにも不安に思うことは無い。だから窮地に立たれても強くいられるのですね」
納得しましたとジル様は昨日と同様に樽の上へ食事を置かれます。そしてそのまま出て行こうとされますが、階段の前で立ち止まるとなにを思ったのかこんなことを口にされました。
「この屋敷には隠し部屋があります」
限られた者しか知らない地下室がある。そう言うジル様は全部独り言ですと詳細を話してくださいました。
「主の部屋には隠し階段があり、そこからもう一つの地下室へ行けます」
「そこに民から集めた税が隠されているのですか」
「…………」
「なぜ教えて下さるのですか」
「ただの独り言です」
こちらを見ることなくボソッと呟くジル様はそのまま階段を上がられていきます。独り言で片付けるには無理があるような声量でしたがジル様が出来る精一杯の手助けなのかもしれません。やはりジル様はこちらに味方されてるようですね。そう思うと少し心強く感じます。
(しかしなぜ、主人であるウィレット様が不利になるような真似を?)
ジル様はいまの状況を好ましく思っていない。それは理解できます。ですがわたくしとウィレット様は敵対関係にあると言っても過言ではありません。そのような相手に屋敷の秘密を暴露して良いものかと首を傾げたくなり、仮にわたくしがジル様の立場であればアリス様を庇うために嘘を付くはずです。少なくとも保身のために主君を売るような真似はいたしません。
(ウィレット様の行いがよほど目に余るものなのでしょうか)
真相はまだわかりませんがジル様と良好な関係を築ければ状況が好転するかもしれません。
(次に来られた際はもう少し、わたくしのことをお話しましょうか)
クーゼウィンにいた頃の話やアリス様と過ごしてきた日々の話など、話題の引き出しはまだたくさんあります。ジル様が雑談を好まれるかわかりませんがもう少し自分から話しかけてみましょう。もしかすればウィレット様のことを聞けるかもしれません。
アリス様の様子が詳しく伝わってこない中でゆっくりはしていられません。それでも焦って間違いが起きてはいけません。幸いにもジル様とは友好的な関係を保てています。もうしばらくジル様を観察してから次を考えることにしましょう。
地下室からはまだしばらく開放されそうにはありません。それでも味方になって下さるような方がいることは心強く、まずはジル様と良好な関係を築こうと思うのでした。




