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 目が覚めた。

 ぱちぱちとまばたきをする。


「ふわわぁ……」


 と大きなあくびをしてから、起き上がる。

 そして立ち上がり、洗面所に行って歯磨きを始める。


 何か大切なことを忘れているような気がする。


 だが、そんなことより早く着替えて学校に行かなくちゃだ。

 昨日買っておいた菓子パンを袋から取り出して頬張る。

 冷蔵庫から牛乳を取り出して飲む。

 時計に目をやると、もうあまり時間がないことを示していた。

 大慌てで鞄を持って外に出る。


 鍵を閉めて、早足で道を歩きだす。

 街はすでに冬の装いを呈していた。


 寒そうに佇んでいる人。

 背を丸めて歩いている人。

 街には様々な人がいる。

 道行くさまざまな人たちとすれ違いつつ、学校を目指す。


 しかし、俺は知っている。

 こいつらはみな、死者だ。


 俺には生まれつき幽霊が見える。

 そういう体質だった。

 母も生まれつき見えるのだという。

 きっと俺も、その体質を受け継いだのだ。


 時には彼らと会話さえすることがある。

 みなこの世に未練を残し、成仏できずにこの世を彷徨っている。

 そんな亡者たちのなんと多いことか。



 講義中に開いたノートの片隅にあったメモがふと目にとまった。


  早起きしろとか運動しろとか

  サユ

  まじムカつく


「サユ……って誰だっけ?」

 メモはたしかに俺の字、俺が書いたものだが、書いた覚えはまったくない。

「まあ、大したことじゃないだろう」


 大事なことならもっと注意深く別のどこかに書いておくか、リマインダーに設定すると思う。


 不思議には思わなかった。

 以前からこんな記憶の欠落はしばしばあった。

 成仏した霊のこと、ほとんどを俺は忘れてしまうのだ。

 何せ忘れてしまうので、それが腑に落ちたのはごく最近のことなのだが。


 なんとなくは覚えている。

 自分の体質についても自覚はある。

 ただ、それがどういう霊で、どんな会話をしたのかとか、細かいことになると頭に霧がかかったように思い出せなくなってしまうのだ。


 それがわかって、今までに関わった霊たちのことを少しは覚えておこうかと思い、記録を取ったことがあった。自分くらい覚えていてやらないと何だか可哀想だと思ったからだ。


 が、すぐにやめてしまった。

 どうせ忘れてしまうのだから。


 そんなことをしても何にもならないとわかったし、いずれ成仏する霊のためにもならない。自分がかかわった記録なんかが残っていると、それはそれで未練になるからと思いなおしたのだった。自分のためにもすっかり忘れてしまったほうがいい。


 このメモも、きっとそのたぐいのものだろう。


 講義が終わり、自宅へ帰る。

 その前にスーパーに寄って買い物をしていこう。


 何がきっかけだったのかはよくわからないが、以前はインスタントものばかり食べていたけれど、最近では食生活に気を使い、極力自分で作るようにつとめている。そうなると必然的にゴミ出しもする、分別もするようになる。整頓や掃除もするようになる。心もちもいくぶん健全になり、不思議と身だしなみにも気を使うようになってくる。すると生活に落ち着きが出て、心にも余裕が生じるようになってきた気がする。食は大事だ、うん。


 信号が青に変わり、俺はスーパーの方角へと歩き出した。


(完)

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