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ピンポン、と玄関のほうで呼び鈴が鳴った。
「はい」
有紀哉くんが向かう。
開いたドアの向こうで立ち尽くしていたのは、大人の女性。
「有紀哉……」
「なんだおふくろかよ」
「なんだはないでしょ親に向かって。あんた学校はどうしたの」
「き、今日は休講で……」
どう見ても嘘丸出し。目が泳いでいる。小心者だな。
有紀哉ママは地獄の鬼もかくやという形相で有紀哉くんを睨み、彼はリクガメのように首をすぼめた。
すぐさまカーッとならない母上様が逆に恐ろしい。
お母さんは、部屋にずかずかと入りこんで来た。
「ち、ちょっと人の部屋に勝手に入ってくんな」
とても綺麗なお母さんだ。そしてとても若い。
「人の部屋? 黙りなさい。ここのアパート代、誰が出してると……」
「またそれかよ」
有紀哉ママは部屋の中を見回して言った。
「ちゃんと食べているの? カップ麺ばかりじゃないの」
「自分が食いたいもの食って何が悪い」
「体壊すわよ……健康は何よりも大事なんだから」
わたしはウンウンと頷く。
「お母さんの言うとおりだよ。有紀哉くん。もうちょっとお母さんの気持ち、理解してあげなよ……」
思わずつぶやき声が出てしまった。
「あらかわいい子。お名前は?」
この人もか……てか霊能力て遺伝するのかよー。
わたしは頬に指をあてた。
「えーとたしか……なんとか信女……なんだっけ」
「それは戒名でしょう、生前のお名前は?」
「鈴木……たしか沙夕実だったと思います」
「たしかさゆみ? 自分の名前を憶えていないの?」
「はあ……ずっと病院でしたので滅多に人と話すことがなくて」
「ご家族とかはいたでしょう?」
「まあ……でもほとんど会話しなかったです。お薬のせいでたいていは朦朧としてましたし、家族が駆けつけてくるときとかは、わたしほぼ意識失ってたりとかでしたし……」
有紀哉ママは呆れ顔になった。
「さすがにお医者様や看護師さんとはお話くらいしたでしょう? 名前とか呼んだでしょ」
「はい……鈴木さん、と。下の名前で呼ばれたことはめったにありませんでしたね」
「可哀想に……それでこの世に未練が残っちゃったのね」
「はあ……そうでしょうか」
この世のことなんてろくに知らないわたしにこの世の未練なんてあるのだろうか。
するといきなり有紀哉ママがわたしに向かって大きな声を出した。
「さゆちゃん!」
「は、はい! さ、さゆちゃん?」
そんな風に人に呼ばれたことはなかったので、一瞬ほわんとなった。
「お願いがあるの」
「な、なんでしょうか……」
「成仏するまでの間でいいので、この子にいろいろ指導してやってください」
「し、指導?」
「このだらしない生活を見直すように、って」
有紀哉くんは下瞼をヒクつかせて母親とわたしを交互に見ている。
「まあ、いいですけど。どうせ暇ですし」
有紀哉くんのだらしなさにはわたしも思うところがあったしね。
「きまりね」と有紀哉ママは腰に手を当ててふんぞり返った。「いいかい有紀哉、今後、さゆちゃんの言葉はあたしの言葉と思ってキチンと従うように!」
「えーっ……」
心の底から嫌そうな声だ。
「さもなくば仕送りを打ち切るからね」
チッ、とわたしを見て舌打ちするな! ユキヤっ。