雪山のご馳走
雪深い山中を彷徨っていた。
友人達とスキーに来て、遭難してしまったのである。
高い位置にあったはずの太陽も沈みかけており、一人でいる不安も手伝って、疲労が溜まってきていた。
このまま死ぬのかもしれない、そう思った矢先、“ソレ”が目に映る。
「あ……明かりだ! 人がいるのか!?」
明かりを目指して進むと、そこには古い一軒家が建っていた。
人里に着いたのかと思ったが、周囲に他の家はない。
ただ、最近では、山奥にポツンと佇む一軒家は、テレビで取り上げられる程メジャーな存在だ。
だから、きっとこの家の人も、いい人に違いない。
そう自分に言い聞かせて、玄関の扉を叩いた。
「ごめんくださーい!」
「……誰だい? こんな所に何しに来た?」
声が聞こえて間も無く、開かれた扉の向こうには、いかにも“田舎のお婆さん”と言った風貌の老婆がいる。
「すみません。 迷ってしまいまして……少し休ませていただけませんか?」
「……もう少し日が高けりゃ、さっさと山を降りろと言う所だが、暗くなって来たし危ないかねぇ。 いいよ、朝まで休んで行きな」
そう言うと、老婆はこちらを促すように、家の中へと入って行き――
「取り敢えず疲れてるだろうから、この部屋で一休みしておきな」
――そう言って布団を敷いてくれた。
「そう言えば、ずっと歩いて来たんだろ? コレ飲んどきな」
「あ~、ありがとうございます」
のどが渇いていた俺は、お礼を言ってから、差し出されたコップの液体をグイッとあおると、口一杯に仄かな酸味とハチミツのような甘味が広がる。
一息つけた事に安心したのか、一気に眠気が来た俺は、布団の上に倒れ込むようにして眠ってしまうのだった。
「ゆっくりお休み――今晩は、ご馳走にするかねぇ」
どれ程眠っていたのだろうか。
やけにスッキリした頭とは裏腹に、体が鉛のように重い。
そんなに疲れてたんだろうか?
そう思ったのも束の間――
シャ
シャ
シャ
――と、刃物を研ぐような音が微かに聴こえている事に気付いた。
山奥の家、動かない体、刃物を研ぐ老婆……
そんなわけない!
そう言い聞かせようとすればする程、嫌な予感が膨らんでいく。
なんとか起き上がろうとしていると、不意にガラッと音がして部屋の戸が開かれた。
そこには――
「おや……思ったより早く目が覚めたみたいだねぇ」
ギラッと光る包丁を持った老婆が――
「さっきの薬で疲れは取れるはずさ。 ほれ、夕飯は兎鍋だよ。 ――ヒッヒッヒ」
優しげな笑みを浮かべていた。