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Ⅱ、前代聖女の事件、聖女の試験

王子様が退室してからしばらくすると、例の仙人の様なお爺さん……じゃなくて、聖女召喚部屋の管理者さんが慌てた様子で私達の部屋に来た。

長髪の神父みたいな格好をした男性と共に。


「おおお、ご無事で何よりです聖女様……!!」

管理者さんは、玉井さんを見て滂沱した。

どうやらかなり心配してくれたらしい。

玉井さんは、「はい、何とか」と言いながら神父さんらしき人が気になるのか、チラチラとそちらを見ている。


「あの、そちらの方は?」

玉井さんが管理者さんに聞くと、管理者さんは背筋をしゃんと伸ばしてその男性を紹介してくれた。


「失礼、ご紹介が遅れましたな。こちらは、聖女様の預言力を高める神殿の最高責任者であらせる、グザヴィエ・トルーパス様です」

管理者さんの紹介を受けて、グザヴィエさんは綺麗なお辞儀をした。

「グザヴィエとお呼び下さい。以後お見知りおきを」

さらりと流れる長髪は管理者さんや王子様と同じく金髪だが、色素が薄い感じがした。この世界の人は、金髪でイケメンが標準仕様なのだろうか?とにかく、日本語が伝わるのがただただ有り難い。


「よろしくお願い致します!」


玉井さんが元気よくペコリとお辞儀をするのに合わせて、私も頭を下げる。どうやらこの二人は怖くないらしいので、聖女でもない私がでしゃばるのも何だから、玉井さんにこの場は任せる事にした。


「グザヴィエさん、私、貴方についていきたいです!」


うん!?


私はずっこけそうになりながら、玉井さんの袖を引っ張る。


「……玉井さん玉井さん。まずは、この世界の事とか聖女の事とか、何故王子様が召喚の床壊したのかとか……グザヴィエさんについていくならついていくで、神殿とはどんなところなのかとか……!!」

色々聞かなきゃいけない事があるよねっ!?

私は必死に訴えた。しかし玉井さんは、私の訴えをスルーして興奮気味に私に向かって言う。


「由良先輩、この人です!私の命を助けてくれる人は!!」


……そう言えば、玉井さんが長髪の人のところ行くまでは私に王子様の対応丸投げするって宣言してたっけ?

その事を思い出して、改めてグザヴィエさんをまじまじと見る。

グザヴィエさんは私達の視線を受けて、少し困った様に苦笑した。



結局、四人でテーブルを囲むようにして、私達による質問大会が開始された。管理者さんとグザヴィエさんが交互に説明してくれたのだけど、要約すると、こんな感じだ。


この国には、建国の時代から、異世界から召喚された女性……後に聖女と呼ばれる人物が携わっている。

初代の国王は元々勤勉な遺跡の解読者で、古語で書かれた昔の文献にある召喚の為の術式を床に書いた事が全ての始まりであった。

初代の聖女は、国王と協力して国を豊かにしたのだが、特筆すべきは何といってもその預言の能力だったという。国民は聖女を崇め、崇拝した。

そして聖女は、自分が死んだ後も預言の力が継承される様にと神殿を建て、そこで預言の能力の磨きかたを伝授したらしい。


聖女が惜しまれながらその長い生を終えると同時に、国が管理していた初代聖女が現れた床の上に、新しい女性が突如として現れた。


以来聖女が亡くなる度に新しい聖女が召喚されたが、全員が初代聖女程の能力は持ち合わせていなかった。預言出来るのはせいぜい自分の身の回りの事位で、その預言を国の為に使う事が出来なかったのである。

そこで、預言の力を神殿で磨き、能力を開花させる事が通例となったのである。


この国に呼ばれた聖女が亡くなると、新たな聖女が再び召喚される。聖女は基本的に元の世界に未練のない者ばかりで、この国で伴侶を見つけて幸せになる。それは何の問題もなく、長く継承されていた事だった。玉井さんが呼ばれる前の、聖女がこの世界に来るまでは。


「……召喚の部屋は、普段立ち入る事は許されません。更に限られた者しか入れない部屋だったので、術式に綻びがある事が気付くのが遅れました。しかし、無事に前代の聖女様の崩御と同時に一人の女性が召喚されたので、我々は皆、大丈夫だと勘違いしてしまったのです……」


管理者さんは、悲痛そうにそう言った。

続けて、グザヴィエさんが語る。


「前代の聖女様……いえ、結局彼女は聖女ではなかったのですが……彼女は、聖女の持つ権限を最大限に利用し、自分が王妃となる為、殿下とその母君である王妃陛下を極寒の地に追いやりました」


私と玉井さんは、顔を見合せた。殿下……王子様が聖女を敵視していた理由は、そこにあるらしい。


「結局、聖女様の預言通り……言いなりになってしまった陛下でしたが、聖女様が偽物である事が疑われる様な出来事が起きたのです。それが、長年懇意にしていたある国との国交断絶でした」

「あの……聖女様……その人をもっと早くにどうにか出来なかったのですか?」


玉井さんが口を挟む。

グザヴィエさんは首を横に振った。


「聖女様は、国民に支持されているのです。そんな聖女様を蔑ろにすれば、国そのものが傾きかねません」


成る程。物凄い影響力なのか。黒のものでも、聖女が白と言えば白になってしまう程の。

怖くなって、私は自分の両腕を擦る。


「とはいえ、歴代の聖女様と比べて全くと言っていいほど、彼女の預言は役に立ちませんでした。国民は今でも盲目的に聖女様を信じていますが、私達の間では当然……聖女様の資質を疑う者も出てきました」


聖女様を疑うと簡単に言うけれど、恐らくそれは……クーデターを起こしたり、非国民と呼ばれてもおかしくない程の話なのだろうな、と想像がつく。


「そこで私は、過去に初代聖女様が遺した文献……正確には、初代聖女様がおっしゃった話を側近達が纏めた手記なのですが、膨大な数のそれを読み漁り、ようやっと聖女様の預言の確証を得たい時の方法を探し出したのです。……初代聖女様は、こんな日が来る事まで預言されていたのかもしれません」

ぞくり、と鳥肌が立つ。……聖女と全く関係ない私がこの世界に来るのはわかっていたのだろうか?そうであれば、私が日本に戻る方法も……遺してくれていないだろうか?


「それは、どんな方法なんですか?」

玉井さんの質問に、グザヴィエさんは、すぅ、と表情を消した。

「とても簡単な事でした。……聖女様を、殺す事です」

玉井さんが、ビクリと震えて隣にいる私の腕にすがる。


怖がっているけど、それは当たり前だ。玉井さんは聖女らしいから……可哀想に。私は玉井さんが落ち着く様に、彼女の背中を擦った。


「聖女様は……自分の身の回りの預言が一番初めに出来る筈なのです。つまり、一番簡単な初期の能力ですね。なので、歴代の聖女様の死因は必ず病死か老衰です。事故や災害、ましてや殺される事なんてあり得ないのですよ」

確かに。玉井さんは、王子様に殺されるという預言を視て、それを回避していた。


「……私は、最近体調不良が続く陛下に、殿下を王都に呼び戻す様進言致しました。私と殿下は幼なじみなのですが、殿下が城に戻って一番にする事が、聖女様……あの女の抹殺だという事は容易に想像出来ましたから」

グザヴィエさんは、そこで一旦話を切って、音もなくお茶を口にする。


……怖い。やっぱりここは、日本とは違う……!!こんなに簡単に、人を殺すとかいう単語が出るなんて。

じゃあ、あの時王子様が手にした剣についていた血みたいなものは……


これ以上考えるな、と自分が自分に警告する。

玉井さんが口を挟んで、少しだけ思考の渦から逃げ出した。

「じゃあ、私が召喚されたって事は……」

「殿下が、この国を騙し続けたあの女に天誅を下したという事です」


玉井さんは自分が殺される預言を思い出したのかもしれない。押し黙ってしまったので、私が口を挟む。

「……あの、ちょっと良いですか?」

「はい、なんでしょうか?」


聖女様でもない、一般の異世界人にも何ら変わらない態度で接してくれるグザヴィエさんが有り難かった。


「王子様が、床を壊したのは……?」


管理者さんがワナワナ震えて過剰に反応する。

「とんでもない事でございます!!」

対して、グザヴィエさんの声色は至って普通だ。

「殿下は、この国における聖女様の召喚を自分の代で終わらせようとしているのです。今のところ、あの術式以外から聖女様が現れた例は報告されておりませんので」


成る程。玉井さんが、この世界に召喚された最後の聖女だと言う事か。

でもそれって……民意からするととんでもない事なのではないだろうか?


「……では、玉井さんは……これからどうなりますか?」


玉井さんには酷だが、それがどんな結果であっても本人が聞かなければ意味がない。だから私は、あえて聞いた。


「聖女様は、ここでないならば神殿が手厚く保護を致します。……ただし、前任者の件もございますので、ちょっとした試験をパスした場合ですが」

「……試験?私、お酒とかちょっと飲めないんだけど、中身は何が入っているの?」


玉井さんがそう返事をしたので、私は彼女が今また何かを視た事に気付いた。

グザヴィエさんも気付いたらしく、眉がピクリと動いたが、そのまま説明を続けてくれる。


「簡単ですよ。2つのグラスのうち、水の入った方のグラスを飲み干して頂く試験です。それを、三回行って頂きます」

「……」

「あ、あの……聖女だからといって、そんなに連続して預言出来る訳ではないと思うのですが?」


私には、玉井さんの前で水が入ってない方のグラスには何が入っているのか聞く勇気はなかった。だからといって、大事な後輩を守らない訳にはいかない。

けれども、グザヴィエさんが何か答える前に、横にいた玉井さんが口を開く。

「……わかりました、私、やります」

「玉井さん!?」

私が彼女の方を見ると、彼女も私の方を見ていた。決心した様にこくりと頷く。

「由良先輩。私はこの人に保護して貰う必要があります。だから、やります」

「……わかった。けど、無理はしないでね?」


玉井さんには、玉井さんにしか視えないものがある。だから、私がでしゃばる訳にはいかないのだ。彼女曰く、彼女の命がかかっているのだから。


「では、試験は殿下の御前で行います」

「ええっ……!またあの人に会わなきゃいけないのぉ~!!」


先程までのキリリとした頼もしい表情は何処へやら、王子様も列席なさると聞いて既に泣きそうな玉井さん。


……まぁ、気持ちはよくわかる。あの人は、出来たら避けたい人種だと平和慣れした日本人らしく私は深く同情した。




***




その試験の日、玉井さんはグザヴィエさんが用意してくれた頭の上から床まで着くようなヴェールを身に纏い、ちょっと興奮した様子だった。

「由良先輩!これ、シルクより手触り良くないですか?」

私も触らせて貰って、その感触の良さに驚く。

「本当だ。凄いね、これ」


異世界に飛ばされて一週間程。私は聖女様の、いわば保護者の様なポジションで扱われていた。この国にとって必要なのは聖女様だけな筈で、普通ならいつ追い出されてもおかしくはないのに、とても有り難い事だと思う。そして、何かと言うと「由良先輩はどう思います?」と私をたてたり構ってくれる玉井さんの態度がとても大きいのだと思う。

けれども玉井さんが神殿に保護される事が決まった場合、私は私の道を探さねばならない。


……のだが、何故私は王子様の隣に座る羽目になっているのだろう!?


「お前達が来て、幾日か経ったな。特に不便はないか、かわぞえ」

「……はい……間違えて召喚された者にも大変良くして頂き、感謝しております」


目の前では、玉井さんがグザヴィエさんの差し出す2つのグラスをじっと見て、片方を選んでいる。自分が飲む訳ではないのに、見ているだけの私の手は、汗が凄い。


「かわぞえは、あの女とどういう関係なんだ?」

「私は……彼女の同僚です。職場が同じでした」


王子様ー!!気が散るから声を掛けないで欲しいです!!


玉井さんがグラスを呷り、中身を空にした。何ともないようで、肩の力が抜ける。けれども、まだ一回目だ。後二回も、彼女はグラスを選ばなくてはならない。


「あと、彼女の名前は玉井(たまい)彩那(あやな)と言います」

「たまいか」


王子様は、私の名前は呼んでくれるのに、玉井さんをあの女呼ばわりする。やはり自分と母親にされた仕打ちが許せないのだろう。ただ、玉井さんが偽物ではなく本物の聖女様とわかった場合は、流石にそんな態度はとらないのではないだろうか?国民からの支持も厚いみたいだし。


今後の為に、私は彼女の名前を王子様に伝えておく。


「かわぞえ、私の名前はヴィルジール・ルリオーズだ」

「ルリオーズ様」

「それは姓だ。ヴィルで良い」

「……」


ん?何故、異世界人とは言え一般庶民の私が、王子様を愛称呼びする流れに??


とは思ったものの、二回目のグラスが玉井さんの前に置かれているので、私は王子様との会話に集中出来ずにいた。


「もしかして、かわぞえ、は姓なのか」

「はい」

「では、かわぞえの名は」

「由良です」


玉井さんが2つ目のグラスを飲み干し、再び無事だった。彼女がこちらに視線をくれたので、私は音が鳴らない様に拍手の仕草をする。


「ゆら」

「!?!?」


王子様との話の流れを一瞬忘れていたところにいきなり名前を呼ばれ、私は驚いて王子様を見る。王子様……えっと、名前なんだったっけ……!!たった今聞いたばかりなのに、玉井さんが気になって気になって半分しか聞いてなかった。

王子様の名前を二回聞く勇気は私にはない。


「……なんでしょう、ルリオーズ様」

間違ってない事を祈りつつ、先程口にした名前で呼ぶ。すると王子様は眉間にシワを寄せ、「ヴィルと呼べ」と今度は命令した。

……良かった、それを聞きたかったんです……!!正式名称は忘れているけど、多分他の方がいつか口にした時聞く事が出来るだろう。


「はい、ヴィル様」

私が笑顔で答えたら答えたで、今度はヴィル様が顔を反らした。

「……まは、いらないが」

「え?」

「いや。最後だな」

「はい」


とうとう玉井さんの前に、3回目のグラスが配置される。

これが当たれば、彼女は本人の望んだ通りに神殿に保護して貰える筈……!気付けば私は祈りを捧げる様に手を顔の前で組んでいるが、玉井さんは一向にグラスを取る様子がなかった。ハラハラして、気が気でない。

彼女は何かをグザヴィエさんに言うと、グザヴィエさんは頷いてそのままこちらへ……ヴィル様の方へ向かってくる。


「殿下。彼女は本物です。最後のグラスは、両方選べないと言い当てました」

「そうか。ならたまいを応接間へ通せ」

「たまい……?」

「聖女の名前だそうだ」

「そうでしたね、畏まりました」


グザヴィエさんは、ヴィル様に頭を下げて玉井さんの方に戻って何かを告げる。私が玉井さんに駆け寄ろうとすると、「ゆら」とヴィル様からお声が掛かった。


「はい」


私が返事をすると、ヴィル様はこちらを真っ直ぐ見据えて「ゆらも同席する様に」と言った。

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