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9th Race:川風にひるがえるワンピース


 次の日の待ち合わせは、徳島駅南側の新町川に架かる橋の駅側のたもと。

 駅に向かって渡ってくる人々の姿。朝も早うからフェリーに路線バスにと乗り継いで戻って、待ち合わせにもやはり早めに来た僕は、人間観察を始めていた。



 橋の大きさには無関係で、どんな橋にも言える事なのかも知れないが……その橋は中程がより高く設計されている様子。かつ、両岸から少し離れた場所の高度はより低い。

 向こう岸から歩いてくる人々は、頭の先から徐々に姿を現してくる。それは、まるで地球が丸い事を発見した時のよう。



 頭部一部のシルエットで、彼女かどうか推察する。彼女のいつものヘアスタイルっぽいなと感じると、心臓の熱い鼓動が少し速くなる。

 より近づいて上半身が見え、彼女ではないと判断した時には、大きなため息とともに鼓動は鎮まる。


 彼女は来てくれた。彼女だと認識した時の高揚感。近くまで来てくれた時の安心感。普段会うときは薄化粧なのだが、昼間の仕事だとばっちりメイクアップ。川から吹くほんの少しだけ強い風が、ワンピースの裾をひるがえして、いつもに加えて優雅だった。

 



 残念なことに、それ以外の記憶はあやふやで。確か、近くの地下にあったパスタ屋で食事をした気がする。どんな話をしたのかも覚えていない。食後に近くの商業ビルでウインドウショッピングをして、仕事に間に合うようにバスに乗って彼女を送って……デートの記憶はそれだけ。そりゃまぁ20年以上も前の事だから無理もない。



 いや、ちょっと待てよ……。



「あ〜、おいしかった。ほんとにごちそうになって良いの?」


「もちろん! 美味しかったですね」


「じゃあ、おことばに甘えて。ごちそうさま」


「まだちょっと時間ありますね。少しブラブラしませんか? 何か欲しいものとか有ったら、プレゼントしますよ」


「だいじょうぶよ。たいせつに使いなさいね」


「そんな事言わずに……。今なら大船に乗ったつもりで大丈夫なのに……」




 何度押し問答を繰り返しても、彼女は首を縦に振らなかった。

 まぁ、そりゃそうだ。あぶく銭でプレゼントされてもしょうがないだろうし。誘われた時に「行けたら」って答えるレベルなのだから、推して知るべしだ。



 というわけで、作戦変更。



「じゃあ、一つおねがいがあるんです。僕セーターが欲しいんだけど、選んでもらえませんか?」


「えっ? それならいいわよ。にあうの探してあげるわね」



 意外とあっさり承諾を得た。



 選んでもらっている間、そばにいても仕方ないので、別の階に移動した。そこでたまたま見つけた雑貨屋に入り、いつかプレゼントできれば良いなと思って、何かしらのアクセサリーをこそっと買ったんだ、たしか……。


 選んでというお願いだから、お金を預けてお釣りとレシートとセーターを返してもらったはず。そのやり取りは何だか味気ないのだが、かなり丁寧にプレゼント用のラッピングが施されていた事が印象に残っている。





 余談になるが……とある研究によると、記憶には忘れていく順番があるようだ。


 最初に聴覚が、次に視覚、触覚、味覚と続いて、嗅覚が最後まで残るらしい。五感のなかで唯一、嗅覚だけは感情を司る大脳辺縁系と密接な関係がある……からだそうだ。


 不思議なのは、僕の中での彼女の記憶はほぼ逆なのだ。

 彼女の香りは全く思い出せないのだが……彼女の溶けるように甘く優しい声は、思い出そうと思えば目を閉じるだけで脳内再生される。

 視覚の情報はかなりあやふや。お顔の雰囲気は覚えているが、はっきりと浮かばない。だが細い字で書かれた彼女の筆跡は、印象深く残っている。



 研究結果と自分の状況が食い違っているという違和感の正体は、果たして何なのか? 今のところ、僕にはよく解らない。


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