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6th Race:My vision was Dancing In The Dark.


「ちゃんと授業うけるのよ」


とは言われたものの、実は大学で勉強する意欲がかなり薄れてきていた。と言うのも、テストの結果が腑に落ちず、大学に居場所があるのかと悩んでいた時期だった。



 とあるテストで……それなりに勉強して、自分自身でも理解できた感触があったにもかかわらず不合格。

 別の科目では……とんでもなく難解で三割ほどしか解答を書けず、来年度やり直そうと諦めたテストで合格。


 前者については、努力がまだ足りないと言われればそれまでで、弁解の余地は無い。

 後者については、たなぼたでラッキーだと思えば済む話なのかもしれない。



 だが僕の中では猛烈な違和感でしかなかった。ここで勉学に励む理由がわからなくなってしまった。講義に出席しても、脳が全く受け付けないどころか、インプットしてはならない情報だと思い込んで、全てはね返していた。それまでは真面目に、席も一番前に陣取ってたにもかかわらずである。


 講義を受けては休み、また受けては休み。繰り返す中で、休むことだけが徐々に延びていった。



 休み一日を切り取っても、都合が良いだけのひどいものだ。年に数回レベルの大々的なイベント開催をするパチンコ屋には、のっけから講義を諦めて、開店前の長蛇の列に並ぶこともあった。


 だが、大抵の場合は、ベッドの上で布団を被って、陰鬱な気分と吐き気が治まるまで、暗い部屋で過ごすのだ。


――行かなければならない

――行きたくない


 延々と、たわけ一人二役の押し問答のみが続く。


 窓際に強く陽が射す昼頃になると、部屋全体も仄明るくなる。午後一時を過ぎ、昼からの講義が始まったと認識すると、脳は「今日は行っても無駄だ」との裁定を下す。

 

 少ないながら出席した講義中も、ノートの端に書いてあるCH4(メタン)の構造式を見ると、炭素Cが本命馬に、四つの水素Hが相手に見えた。僕の頭は化学の話でさえも競馬に変換するのだった。




 さて、彼女との関係はというと。


 夏休みに出会って、秋に少しずつ仕事を通じて仲良くなれた。

 冬が近付いてくる頃には、プライベートでも何とかしてデートに誘えないかと思うようになっていた。

 だが断られてしまうと、普段の仕事が気まずくなってしまいそうな予感もして、躊躇していた。



 何かいい方法がないかと考えていて思い浮かんだのが、有馬記念だった。


 とある日のおしゃべりタイム中、何気なく話題を振ってみることに。



「有馬記念はどの馬が勝つかな? 松雪さんこれ見て。何か気になる番号とか名前とかひらめきませんか?」



 出走馬が決定し枠順も決まり、でかでかと一面に出走表が書かれたスポーツ新聞。向かいに座っている彼女が見やすくなるように、天地返してテーブルの上に置いてみた。



「えっ? わたし競馬なんてやったことないわよ」


「大丈夫ですって! ビギナーズラックって言葉、ご存じ?」


「そんなに都合のいい言葉、信じてるの?」


「意外と当たっちゃったりするかもしれませんよ」


「え〜っ? ほんとに?」


「取り敢えず、指差してみましょ」


「えっ? ちょっと待っ――」


「せ〜のっ、はいっ!」



彼女が指を差したのは、マヤノトップガンだった。



「わっ! さしちゃった!」


「お〜〜っ!」


「わたしはこの馬が勝つとおもうなぁ」


「松雪さんもマヤノトップガンが気になったの?」


「トップガンって、たしか優秀なパイロットのことよね? かっこいいじゃない? ていうか『も』ってどういうことなのよ?」


「実はね、僕『も』気になってるんですよ!」


「あらまぁ、偶然ね」


「よしっ、決めた! トップガンから馬券買おうっと」


「いやっ、吉野くんちょっとまって! 責任もてないよ。ハズれるかもしれないんでしょ?」


「責任なんて持つ必要はないですよ。勝とうが負けようが、全ては決断して購入した人の自己責任ですからね。負けたって、松雪さんのせいになんてしませんから大丈夫!」


「こまったなぁ、いらないこと言っちゃったかも」


「…………じゃあ」


「……じゃあ?」


「マヤノトップガンが勝ったら、月曜日に晩御飯でも食べに行きませんか? 祝勝会もかねて」


「えっ…………?」


「かっ、勝ったらですよ、もしも……。負けてスッカラカンじゃ、ご馳走出来ないですからね。勝ったら行きましょう」


「う~ん。行けたら……ね」


「やったぁ! 約束ですよ! 朝一で神戸に帰って馬券買って、月曜朝一で徳島にとんぼ返りして。夕方までには充分戻って来れるはず。ご飯食べて九時くらいまでに帰宅すれば、十時出勤には間に合いそうだな。松雪さんは月曜お休みだし、大丈夫ですよね。新町橋辺りだったら仕事帰りに待ち合わせとかいけそう? じゃあ、そういうことで」



 彼女の「行けたら」って返事が、少々引っ掛かると言えば引っ掛かる。

 半ば強引に……というレベルの話ではなく、一から十までの全てを押し付けて、ギャンブル要素満載の「条件付きお食事デート権」を取りまとめた。



 えっ? やり方が汚いですか? 彼女に先に言わせて、後から丸乗っかりしたんじゃないかって?

 まぁ、そう思われても仕方がないのだが、実は全く違っていて。



 僕の本命は当初からマヤノトップガンだった。



 有馬記念って、その年に起こったことや世界的な大ニュースから連想される言葉を名に持つ馬が活躍する……とかって、お聞きになったことはございませんか? いわゆる「世相反映」ってやつです。



 例えば、よく挙げられるのは2001年。

 この年の大ニュースと言えば、アメリカ同時多発テロ事件。


 映画か何かの一場面で、ゆっくりとジェット機が世界貿易センタービルに突っ込んでいく、という壮大なCGを観ていた訳ではない。あり得ないと思うことさえあり得ないことが、現実に起こったのだ。



 そしてこの年の有馬記念は、これまで約1年半にわたり多くの大レースで死闘を演じてきた、テイエムオペラオーとメイショウドトウの引退レース。



 同時に引退式を行う段取りの二頭。

 最後のライバル対決だと盛り上がっていたのだが、制したのはマンハッタンカフェ。2着アメリカンボス。ここまでしかあまり語られないのだが、ついでに言うと3着はトゥザヴィクトリー。



『マンハッタンのカフェで、アメリカのボスは、勝利へと向かって……』



 世界中を震撼させた、日本の唯一の同盟国での卑劣極まりない事件。

 それから約三ヶ月半後に行われた当時世界最高の馬券売上を誇るレースは、


『テロに屈しない』


という強烈なメッセージを、想像し得る結果となる。



 だいたいこういうことは、レース後に気付いて「そういう風に考えられたら買えたかも」と、無理矢理な処理をして、強引に頭の中を納得させるものなのだが。



 もしも閃く事があるのなら、それはそれで先回りして馬券を買うのも一つの手だとも思うのだ。



 個人的なひらめきなら「願掛け」と言っても良いかもしれない。

 誕生日の数字とか、馬の名前に好きな言葉が含まれているとか。

 それが、その他大勢の人々にも共感してもらえるなら、いわゆる「サイン馬券」と呼んでも差し支えないだろうか?



 そして、そういったことに先に気付く事ができていたのが、彼女とのデートを賭けた有馬記念だったのだ。


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