3rd Race:貴女に出逢うまで
振り返れば、高校時代はまるで女っ気なんて無かった。
中学一年の初恋の女の子の事を想い続けてたっけ。当時の僕は学級委員長。三学期に入って「この子と来年度、クラスが分かれてしまうのはイヤだ」と、好意に気付いたその娘は副委員長。
何の意識もしていない一学期と二学期は、わちゃわちゃと楽しく過ごしていたはずだ。三学期は、なにかよそよそしい態度をとってしまうようになった。誰かにアドバイスを貰えばとも思ったが、思春期真っ只中に真剣に聞いてくれる友人は居そうになかった。
仮に気持ちを伝えたとして、返事が良くても悪くても、その時はどう対応していいやら想像できなかったこともある。
そのまま時は過ぎて新学年になり、案の定と言うか、ものの見事にと言うか、七つの組の正副委員長は、一組も持ち越すこと無くシャッフルされた。
彼女も再び新クラスの副委員長になった様子。
新しいパートナーは、神聖ローマ皇帝ルドルフ1世もびっくりな、次期生徒会長候補。程なくして「二人は付き合っているらしい」と噂が立つようになった。
彼は帰国子女でバイリンガル。運動部のキャプテンで、運動会ではリレーのアンカー。文化祭ではまるでオペラの上演かと思わせるほどの演劇の主役を張ってしまう上に、成績はオール5。
そりゃあね、僕だって少しピントがズレてる部分もあるにせよ、それなりに学級委員長として爆進してたんだよ……。
ライバルの座にさえ、つけそうにない。
前年度の僕が知っている彼女は、大声で笑ってるその寝ぐせがわがままなじゃじゃ馬娘だったはずなのに。
廊下ですれ違うと、ややうつむき加減でお淑やかに。くせ毛は、キューティクルが艶々なストレートヘアへと、どんどん垢抜けていく。
結局は想いを伝えることもなく、三年生に上がるタイミングで彼女は転校してしまった。負け戦だとわかっていても、玉砕覚悟で言いたいことを一言でも伝えていれば、踏ん切りがついていたのだろうか。
よく高校の校舎のベランダで、橋を見ながら彼女のことを考えていることもあった。
その景色は色褪せていて穏やかな凪の状態なのだが、僕の心の中へは後悔の暴風が吹き荒れているのだ。
中一の終わりから大学二年目のその時まで、他の誰かを好きになることもなく、そんな意味ではつまらない日々を過ごしてきた。
――当時はそんな心情だった。話を戻そう。
ある一人の女性が僕の視界の右から左へ通り過ぎた瞬間だった。
セピア色の寂しく悲しい思い出は、何事も無かったかのように綺麗さっぱり即座に消え去った。突如として現れた一輪の花は、急激にフルカラーで光り輝きだした。何故かシンクの汚れた水の中で、皿を持つ左手だけが震えていた。
その日を境に僕の頭の中は、寝ても覚めても彼女の事であふれるようになっていた。とにかくチャンスを見つけて、一刻も早く話しかけたい。すぐに想いを伝えるわけではないが、伝えずに負け犬にすらなれない状況……それだけは絶対に避けなければならない。
呪縛が解けるのに約六年半。本当に思っていることを言えなかったという後悔は、とてつもなく辛いのだ。心にのしかかってくるストレスの大きさは、計り知れないのだ。もうあんな思いはしたくない。少しずつでいいから、とにかく前に進めようと、心の奥底で決意した。