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1st Race:星の降る丘



「今、間もなく400の標識。

 さぁ二番手争い、トウカイテイオー鞭が入っている。

 そしてその外ナイスネイチャ上がってきた。

 あるいはイクノディクタス頑張っている。

 それからその外をついてヤマニングローバルが来た。

 ヤマニングローバルも追ってくる。


 大外を回りましては、レッツゴーターキン!

 連れてその外を追ってくるのはムービースター!


 200を切った!

 さぁ先頭、中をついて上がってきたヤマニングローバルっ!

 それからその外はレッツゴーターキンだっ!

 レッツゴーターキンが来たぁっ!

 レッツゴーターキンっっ!

 ナイスネイチャ三番手争い!

 ムービースターも追って来るっ!


 先頭レッツゴーターキン、ゴールインっ!

 レッツゴーターキン、大崎騎手であります」


(YouTube:JRA公式チャンネル

 「1992年 天皇賞(秋)(GⅠ) | レッツゴーターキン | JRA公式」

 1:34より実況書き起こし)




 僕の記憶とリンクする最古のレースといえば、1992年秋の天皇賞になるだろうか。


「何やねん、レッツゴーターキンって。変な名前やなぁ」

「テイオーで鉄板ちゃうんかい」

「ダイタクとメジロが、行った行ったで逃げ粘るとでも思てたん? そんなわけないやろ」

「今年13戦目のイクノが完走してくれただけで、俺は……勝ったも同然」



 始まる気配のない全校朝礼の列は蛇行し、負け馬のいななきがちらほらと聞こえてきた。



 ここは兵庫の県立高校。

 架設真っ只中の明石海峡大橋を一望できる小高い丘に、この春建て替えられたばかり。

 前年度に隣にあった、とある神戸の商科大学が、学園都市へ移転。僕らの学年は一年次を大学跡地の抜け殻仮校舎で過ごし、二年次に晴れて新校舎へとご栄転。



 二年生って、意外と雑に扱われがちじゃなかろうか?

 一階はエントランス、二階は職員室。

 何かと受験で忙しい三年生が、職員室に近い三階を割り当てられる。

 可愛い可愛い一年生は四階へ。

 消去法で残った二年生は、毎日五階までの軽いトレーニング。



 だがしかし、僕はツイていた。

 東西に延びる校舎の中程にはベランダ付きの教室が縦に一列のみ存在し、その最上階で学ぶことになった。

 天井付近までガラス張りの重い扉を開くと、そこには神戸西部の街に溶け込む『出来かけパールブリッジ』が目に飛び込んでくる。優越感に浸り切れる爽やかな風を浴びながらの眺望と、他の教室の窓越しに見えるそれとでは、迫力が全く違う。

 ましてや、夜なら星も煌めいて、月明かりにも照らされて。そんな趣ある暗闇に、橋の輪郭がくっきりと浮き上がるのだろう。



 よくよく考えると、結構無茶な話だなと今更ながらに思う。

 翌年度には受験を控えていた。にもかかわらず、さすがに馬券は買ってはいないが、競馬にうつつを抜かしてたのだ。

 休み時間にはカード麻雀してたっけ。放課後は居残って自習すると言いつつ、マグネット将棋を持ち込んで指してた記憶もある。今と違って土曜日は午前中のみ登校していたが、下校途中にはゲームセンターに入り浸り。



 何ともだらしない体たらくだと感じるが、致し方ない。

 今に至るまでほぼずっと、そういう類のゲームやギャンブルなどは嫌いではないのだ。

 むしろ、大好きだと言ってしまったほうが潔く、心が晴れ渡るのかもしれない。こそこそ隠れるような罪悪感を抱く必要も無い。

 思考回路なんて、時でも場所でも場合でも、そうそう変わるものでもない。



 母校の現状は知る由もない。

 だが、当時の感覚として、入学直後は僕も含めてみんな夢見がちだった感がある。

 超が付くほどの有名大学を志望している生徒がほとんど。ただ、自由な校風とゆるゆる校則が相まり、段々と目標が下がる傾向にある気がしていた。



 あくまで感覚だが、断固として雰囲気に流されなかった貴い上位一握りの生徒は、超一流大学へ。

 大都市圏の国立大学へは二握りくらいはいたのだろうか?

 半数前後は関西の私立大学に合格。

 あとは地方の国立大学組がいて、なんだかんだでほぼほぼ進学の道を選んでた様子。



 僕は、堕落した空気に飲み込まれていた。

 そもそも僕も背伸びをしまくって地元神戸の国立大志望だったが、そんな調子では当然学力が足りるはずもなく、方針転換を余儀なくされた。センター試験の自己採点を参考に受験したのは、とある地方の国立大学。



 橋を一望できると言った。

 だが実のところ高校は、橋の南端と北端を結んだ北北東側延長線上のやや東側に位置する為、二本の主塔間距離が世界一だという壮大な特徴を望める訳ではない。

 ベランダ最上階からの橋の全景は、手前に見える北側主塔のすぐ左隣に、奥の南側主塔が存在しているに過ぎないのだ。



 そして僕が進学を決めた大学は、高校の位置とは逆の南南西側のほぼ延長線上はるか遠くに存在していた。

 普段の学生生活の中で幾度となく目にしていた景色の、さらに向こう側に行くことになろうとは。当時はまだフェリーやバスを乗り継いで淡路島を攻略しないといけなかった。



 主に明石海峡間の通勤通学に使われている小さなフェリー。


 瀬戸内から神戸へと大量の荷物を運んできた貨物船。


 瀬戸内のその向こうへと、確固たる決意を持って旅立つ人を乗せた、定期航路の旅客船……。



 四年後には、新たな橋が完成予定。

 あらゆる夢と希望を抱く、海路と陸路の交差点。


 そこを、成長した自分が帰ってくるのだと、そう思っていた。


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