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漂流するエクスプローラー  作者: 鈴代しらす
幕間

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56/152

地を駆ける小鬼

 馬車ほどの大きさの巨牛。

 鼻息荒く真正面から迫ってくる、ど迫力の光景。


 わたしは背を向けて逃げ出した。


 地術を使って加速するが、相手はでっかい獣。わたしの歩幅では引き離せない。

 弧を描くように進路を変えて丘の斜面を駆け上がる。頂上を目前にして、息を切らせて足をもつれさせる……演技。


 両手に握るピッケルを地面に突き立てて急制動。地面を爆ぜさせて宙を舞う。

 上下逆さまになって見下ろす巨獣の姿。あのときと違って頼りになる相棒はいないが…この程度の相手、一人で倒さなければあいつの相棒は名乗れない。


 相手を見失って戸惑う牛の背中にお尻で着地。すかさず二本のピッケルを振りかぶり、ぶっとい首にざっくりと突き立てる。

 歴戦の農具(笑)が生まれ変わった業物のピッケルだけど、さすがにこの小ささでは巨獣を仕留めるには至らないか。


 柄の後ろにつけられた革紐の輪を鐙代わりにして立ち上がる。こういう曲芸じみた動きは得意なのだ。

 背負った鞘から剣を抜き放つ。これは姫様が遺跡の調査で見つけたもの。何の特性もない普通の剣だけど、頑丈さは十分。


「やぁっ!」


 気合いを込めた掛け声とともに『斬首刑』を執行した。


     ◇


「やるな。これじゃ教えることなんて何もないな」


 息を整えるわたしに歩み寄ってくるのは、先輩冒険者のロディさん。どこかお父さんに似た渋い男前だ。

 切り整えてすっかり軽くなった頭をぺこりと下げる。


「才能としては『三本の剣』以上だな!」


 意味が分からないことを言うのは、同じく先輩冒険者のランダルさん。暑苦しいおじさんだけど、面倒見がいい人だ。毎日ご飯を奢ってくれる。

 たぶん褒め言葉だとは思うので、こちらにもお礼のお辞儀。


 汗を拭って草原に沈む夕日を眺める。

 …あいつは今何をしているんだろう。行方をくらましたとは聞いているけれど、あの諦めの悪い男がどうこうなるとも思えない。

 真珠色の腕輪を夕日に翳す。あのとき渡したお揃い腕輪、チャーリーに加工を頼んだと聞いたときには腸が煮えくり返ったけど……もし無事なら、それでいい。

 次に会ったときには一発入れてやる。


「そろそろ帰るか。『小鬼』の嬢ちゃん!」


 本当に『小鬼』はやめて欲しい。身嗜みもきちんと整えて、随分と女の子らしくなったはずなのだ。もっと他にあるでしょう、と思う。

 ……猫とか。


     ◇


「おかえりなさい、ダナちゃん!」


 街に帰るなり、何くれと世話を焼いてくれるのは同僚のアリサ。わたしのほうが歳上なんだけど、きっかけを失ってまだ言い出せていない。……毎日お菓子をくれる。


「あ、ランダルさん。お客さんが来てます。…きっとびっくりすると思いますよ」


 嬉しそうなアリサの表情からすると、何やら朗報を持ってきたお客さんらしい。


「そうだ、ダナちゃんも一緒に話を聴くといいわよ」


 わたしにも関係あることなのか。一体、何だろう?


     ◇


 冒険者の溜まり場になっている酒場、席に着くのはお客さんと姫様、ロディさんとわたしの四人。

 執事のエルバートさんがいないので、アリサが姫様の後ろに控える。ランダルさんはお客さんの顔を見るなり号泣して話にならないので退席させられてしまった。


「……ということなんでして」


 お客さんの長い長い話を聞き終えて目を閉じる。

 名前こそ出てこなかったが、間違いない。いつかのように無茶をやっているあいつの姿が瞼の裏に浮かんでくる。

 ……やっぱり、心配して損した。


「貴重な情報ありがとうございました。…でも、わたくしに伝えても良かったのですか?貴方は王国軍の依頼で遺跡に潜っていらっしゃったのでしょう」


 姫様の心遣いにお客さんはごつい手を振って応じる。


「いえいえ、王国軍とは仕事の付き合いだけですので。……それに、名前も聞きませんでしたが、一緒に脱出してきたあいつ。姫様の下で後ろ暗い仕事をこなす裏の人間なんでしょう?」


 ……何だよ、裏の人間って。

 吹き出しそうになるのを必死に堪える。横目で姫様のほうを見ると、わたしと同じく口元がひくついている。アリサもロディさんも限界寸前だ。

 どうやら誰も訂正するつもりはないようなので、わたしもそれに倣っておく。このおじさん、酒の席でさぞかし楽しい噂を広めてくれるだろう。


     ◇


 このときのわたしたちは考えもしなかった。


 歪んで伝わった噂のせいで、給仕の腕だけが自慢のエルバートさんが『暗殺執事』と呼ばれることになるなんて……


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