幸福な少女
少女は幸福だった。それが少女以外には嘘にしか思えなかったとしても、少女にとっては真実だった。
少女には親が居なかった。けれど拾ってくれた人が居た。育ててくれた人が居た。拾ってもらえて育ててもらえて私は幸福だったと少女は言った。
少女はやせ細っていた。食事は生きていける最低限のものしか与えられなかった。生きていけたから私は幸福だったと少女は言った。
少女は字が読めなかった。教育を受けていなかったから。喋る口があって自分の言葉は伝えられたから私は幸福だったと少女は言った。
少女は殺された。少女に罪はなくただ通り魔に目をつけられただけだった。私以外の人が被害にあうのを見なくて済んだから私は幸福だったと少女は言った。
少女はずっと笑っていた。私は幸福だったとずっと笑っていた。恨みも悲しみも妬みも怒りも少女の中にはなかった。
何か望みはないのかと少女に聞いた。私はずっと幸福だったからなんにも望みはありませんと少女は言った。
嘘はなかった。それがどんなに嘘にしか思えなくても、少女にとって少女の人生は幸福だった。
それではおやすみと私は言った。おやすみなさいと少女は言った。少女の魂は空へと上り他の魂と混ざって溶けて一つになった。
幸福な少女はもう居ない。世界のどこにも。