前編
「聖女エリスよ、そなたとの婚約はなかった事とする」
王太子ケビンの高らかな宣誓だった。
華やかな王宮でのパーティーは一転緊張に包まれる。
「……どういう事ですか」
婚約破棄を申し渡されたエリスは特に高くもなく低くもない声で、それに対し返事した。
「どうもこうもない!私は君との婚約を解消する、そう言ったまでの事だ!」
エリスとは逆に、感情を隠せないのか声を上ずらせて言い放つケビン。
会場一帯に重苦しい緊張、気まずい空気が流れる。
「……そんな事が簡単に許されると思っているんですか?」
尚も感情を隠すのか、抑揚の無い声のエリス。
「魔王討伐の凱旋のおり、王は仰られました。魔王は討たれこの世に光は再びもたらされた。その平和と安寧が永久に続くようにと太子と聖女であるわたくしとの婚姻を命じられ、太子もそれを受けられました。
わたくしとの婚姻解消はその王命に背く事になりますが、太子は如何お思いですか」
詰問するようなエリスの口調にケビンも思わずたじろいだ。
しかし、彼の後ろからちょこん、と現れた影が、思わない事を言った。
「え~、何ですか王命って~。フィフイスゥわかんな~い」
ふわふわとした髪に甘い鼻にかかったような声。小動物のような雰囲気を持つ少女。最近、いつも王太子と一緒にいると噂されている少女だった。
王子の影に隠れている少女に視線をやるエリス。
「うぅ、怖いぃ……」
その視線にたじろいだ様子のフィフイス。ケビンは彼女を庇うようにエリスの前に立ちふさがる。
「ほら、こんなに彼女が怖がっているじゃないか!!?謝れよ!!」
「あの、何故わたくしが謝らなければ……」
「いいから謝れよ!ほら早く!!」
自分の恋人を怖がらせたから謝れという事なのか、とエリスは呆れはてる。
「あぁ~ん、王子様ぁ~。フィフイスぅ、とってもこわぁ~い」
ケビンにベタベタ甘えながらすり寄るフィフイスにケビンは端から見ていても分かるくらいに鼻を伸ばしていた。
これ見よがしに背中に手を回して見せつける王太子の姿に、エリスは思わず目を伏せた。
「ほら、さっさと出ていけよ!目障りなんだよ!!」
その声に、エリスはその場で固まってしまう。
「おい、衛兵!何やってる!?さっさとそいつをつまみ出せ!!」
言われた衛兵達は顔を見合わせながらも命に従いエリスの腕を掴んで引きずりなから部屋の外へと追いやった。
「さあ、邪魔ものはいなくなった!
じゃあ、ここからは僕達の新しい門出を祝って乾杯しよう!!」
周りの貴族達も顔を見合わせたが、王子の「乾杯!」の声に促されて、二人に祝福の杯を上げた。
それを見た王太子は満悦の笑みでそれに答え、パーティーは新しい二人の婚約を祝うものになったのだった。
その裏でひそかに笑う者がいるのにも気づかずにーー。