2章 -6-
「あぶしっ!!」
吹っ飛んできた勇者が俺たちのそばの木にぶち当たり、変な声を出した。
おっおー。あぶしって何だよ。
「助け、要ります?」
意識は飛ばなかったようで、すぐに立ち上がろうとしてる勇者に声をかけた。
「い、い、い、いやっ! ふ、ふ、ふ……不要、だ!」
生まれたての小鹿のようにひざをガクガクさせながらも、勇者は最高の笑顔で答えてくれた。
うん。イケメンなのは分かったけど、無理するなよ……
「ハリー! 大丈夫!?」
森の中から女性が駆け寄ってきた。
こちらも人間でけっこう美人。
「エ、エリー……」
勇者が呻きながら名前を呼んだ。美人はエリーさんと言うらしい。
イケメンはやっぱり美人を同伴しているものなのか。
弓など持っていないので、先ほど矢を放った人とは違うのだろう。
駆け寄ってきた女性はすぐに勇者に向け魔法を放った。回復魔法のようだ。
原理がいまいち分からないが、肉体はすぐさま回復するらしい。俺も習得済みだが、実際に怪我をして試したことはない。
効果は確かなようで、勇者はすくっと立ち上がった。
「大丈夫だ。問題ない!」
いや、今めっちゃヤバかったよね?
あとそれ死亡フラグだよね。
「あんな獣など、僕のドラゴンソードで一刀両断だ!」
うおおおおおおお!と再度駆け出した勇者。
「あぶしっ!」
「ハリーーー!!!!」
おかえり。
再び吹っ飛んで帰ってきた勇者(ハリーと言うらしい)。
「ねえ、アイツ、大丈夫?」
南雲が背後から聞いてきた。不安そうだがてんぱってはいないようだ。
人間がモンスターにぶん殴られて吹っ飛んでくる異様な状況だが、こいつ意外と冷静だな。
けっこう肝が据わってきたのではないだろうか。
「まあ、死にはしなさそうだから大丈夫だろ」
俺も適当に答えている辺り、この世界に慣れてきたのだろうか。
勇者もすぐさま回復魔法で復活してるし。
「あぶしっ!」
「あぶしっ!」
「あぶしっ!」
「あぶしっ!」
あの熊、コントロール良いな。
きちんと定位置に戻ってくる勇者。
「あぶしっ!」
「あぶしっ!」
「あぶしっ?」
何で今の疑問系なの?
「あぶしっ!」
「あぶしっ!」
「ハリーーーー!! わたしそろそろ魔力が限界よ!?」
「くっ、こうなったら最終奥義を使うしかないな!」
お?
ならば見せてもらおうか。貴様の最終奥義を!
何故かラスボス気分で観察する俺。
「マリー!」
森に向かって声を張り上げるハリー。
「食らいなさい!」
森の奥から矢が飛んできた。
最初の攻撃を仕掛けたもう一人がどこかにいるのだろう。
声からして女性のようだ。
矢は木々の間を抜け、正確にデビルベアーへと突き進んできた。
トスッ
側頭部へと突き刺さる。
「今だ! ドラゴンソオオオオオ…………」
突っ込んでいったハリーの動きが急に止まった。
気合たっぷりの声も尻すぼみに消えていった。
どうやら熊と目が合ったらしい。
「な、なぜ怯まない!?」
「がるるるるる!」
そらあんな細くて軽そうな矢ではダメージにはならないだろう。
不意打ちならともかく、今は向こうも興奮状態だ。動揺もしない。
もしかしなくと、最終奥義終了のお知らせかな。
「あぶしーーーーー!!!」
勇者ってこんなもんなの?
「ええと、助けは要るかな?」
本日一番の大振りな一撃を受けて、ハリーが白目をむいている。
返事も無理そうなので、許可を待たずに回復魔法をふりかけてみる。
「あなたも回復魔法が使えるのね!?」
ハリーに回復魔法をかけ続けていたエリーさんが話しかけてきた。
「まあ、一応」
使うのは初めてだけど。
「しぶあっ!?」
魔法が効いたのか、ビクビクッと意識を取り戻した。
よかった。一応成功のようだ。
失敗したら……と思って自分やエルフの方々では試さなかったのだ。
生物に直接働きかける魔法なんて怖くて気軽に試せない。
ただ、こいつなら使っても大丈夫だろう。そんな気がした。
アホっぽそうだからだろう。
そもそも回復魔法バンバン使ってたし。なんとなく大丈夫そう。
何はともあれ、生き返ってくれて良かったよ。
「き、君が救ってくれたのか?」
起き上がった勇者が状況を理解した。意外と頭の回転速いのな。
「まあ、そうだけど」
「感謝するよ。これでまた闘える!」
何言ってんのこの人。
「バカですか?」
「え?」
思わず心の声が漏れ出ていた。
「あ、いえ、なんでもないっす」
とりあえずごまかしておく。
バカなやり取りをしていると、森の奥から女性の悲鳴が聞こえた。
「きゃあああああああっ」
「マリーっ!?」
どうやらさっきの矢を放った女性の方へデビルベアーが向かったようだ。
目を凝らすと、木々の間、その向こうにデビルベアーの姿が見えた。
その目の前に女性が立っている。
「がるるる」
気の立ったデビルベアーはすぐにでも襲い掛かりそうだ。
「い、今助けるぞ!」
慌てて勇者が駆け出した。
遅い。
マリーさんの元までは若干距離があった。
勇者の足では間に合わないだろう。
「行ってくる」
「うん」
南雲に一言声をかけ、俺は飛び出した。
あれ? なんか今の信頼されて見送られる感じ、良くない?
それは置いといて。
魔力を込めた足で木々を蹴り、森の中を突き抜ける。
勇者はすでに追い越した。
「がるるっ」
デビルベアーが爪を振り上げた。
マリーさんは恐怖のためか動けない。
腕が振り下ろされたら彼女は簡単に切り裂かれるだろう。
振り上げられた腕が、降下を始めた。
「ちっ!」
即座に右手に力を溜める。
間に合え!
振り下ろされた爪がマリーさんに触れる直前、俺の手が届いた。
「ふんっ!」
地面に右足を突き立て、アッパーカットの要領で熊の腕を打ち返した。
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